『チック、チック…ブーン!』と鳴動する秒針と大爆発は何をふっとばす?

荻野洋一の『チック、チック…ブーン!』評

 Netflix映画『tick, tick… BOOM!:チック、チック…ブーン!』――この魅惑的なタイトルはどこから生まれ、どこへ向かおうとしているだろう? 鳴動する秒針ちくたく、あとすこしで大爆発! しかし何がふっとぶというのだろう? ――秒針の進みとともに爆破されるのは、おそらく生そのものである。この作品の主人公ジョンは夭折のミュージカル劇作家・作曲家ジョナサン・ラーソン(1960〜1996)の自画像であり、35歳で急死するジョナサン・ラーソンが心霊となって死後公表するかのごとき心情告白である。

 主人公ジョン(ジョナサン・ラーソン)を演じるのは、『アメイジング・スパイダーマン』『沈黙ーサイレンスー』でスターダムに昇ったアンドリュー・ガーフィールド。万感の思いを込めた彼の演技と歌唱は、単なる伝記映画のキャラクターであるに留まらず、生と死のあわいを、五線譜の線と線のあいだを伝ってそぞろ歩き、見え隠れする生の襞(ひだ)の断面によって、わたしたち観客を不意打ちする。

 チク、タク、ボーン! ジョンがいみじくも語ったように、「出来の悪いB級映画か、土曜の朝にオンエアされるアニメのように」爆破される生。そこには3段階のステージがある。1つめ:下積み/2つめ:決定/3つめ:死者の記憶。死ぬ前から死を心に刻み、残りの生を最大限に燃焼させるべきであること、つまりメメント・モリ(自分が死ぬことは忘れるな、という意味の中世ラテン語)である。映画冒頭に歌われるナンバー「Thirty/Ninety」という曲名は、「いまは1990年、そして僕は30歳になろうとしている」という数列だけからなり、人生の刻み時計の厳然としたカウントダウンを示す。我が片足は墓穴にありて。心臓の鼓動とは、時限爆弾にほかならない。

 ステージ1:下積み。下積みとはニューヨーカーのアイデンティティそのものだ。青雲の志を抱いてニューヨークに到着した若者たちは、とにかく下積みを生きる。天井知らずの物価高。ミュージカルの劇作家・作曲家をめざすジョンは、家賃を払うにも一苦労。電力会社からは不払いにつき「送電停止の警告通知」が届いた。サクセスストーリーの恍惚に舞い上がるすぐ数ブロック先の横丁では、極貧にあえぎ、挫折の恐怖にさいなまれ、才能の有無に揺れる若者たちの叫びがある。さらに『チック、チック…ブーン!』の時代設定となる1990年はAIDSで多くの生命が失われた時代だ。現在でこそ治療法が確立されつつあり、必ずしも死を意味しなくなったAIDSだが、『チック、チック…ブーン!』の中でもジョンたちは「今年に入ってから3人の友の葬式に参列した」と嘆いていた。

 主演のアンドリュー・ガーフィールドとAIDSの関わりにおいて、ここにひとつの演劇作品をご紹介したい。ピューリッツァー賞、トニー賞など数々の賞に輝く、上演時間7時間超におよぶ『エンジェルス・イン・アメリカ』。そのロンドン公演で、AIDSで余命いくばくもないゲイのドラァグクイーンを演じたのがアンドリュー・ガーフィールドだった。時にわが身のはかなさを嘆き、時に美しき生を全うしたと恍惚にひたる主人公を熱演していた。

 同公演の日本での上演はいまだに実現していないが、ロンドン・イーストエンドの公演ライブ映像を映画館で体験できる企画(なんと途中の休憩までリアルに体験できる)「ナショナル・シアター・ライブ」で観ることが叶った。AIDSで犠牲となっていく友たちを見送りつつ、ブロードウェイへの進出を夢見て日々格闘する『チック、チック…ブーン!』の主人公ジョンを見た時、『エンジェルス・イン・アメリカ』のアンドリュー・ガーフィールドと重ね合わせて見えたのは、自然な流れだったと思う。

『エンジェルス・イン・アメリカ 』第一部 予告編

 ステージ2:決定。主人公ジョンはミュージカル劇作家・作曲家のジョナサン・ラーソンの自画像であることは最初に述べた。ラーソン自身は生前、ブロードウェイへの進出はならなかった。死ぬまで、自身のこれからのキャリアへの不安と闘ったと推測できる。自画像であるとはつまり、才能があろうとなかろうと、自分はミュージカルへの耽溺と共に生を全うするのだ、という自己決定そのものであっただろう。オフ=ブロードウェイの演目『RENT/レント』の初日未明、彼は大動脈解離で急死した(1996年1月25日)。『RENT/レント』はその3カ月後、作者不在のまま4月からブロードウェイの中心に進出し、その年のトニー賞3部門、ピューリッツァー賞戯曲賞を受賞した。同作はエスニックマイノリティ、セクシャルマイノリティ、ドラッグカルチャー、芸術家のボヘミアンな生活描写、そしてAIDSでの死などが渾然一体となった、まさに20世紀末のニューヨークの街じたいのポートレイトとも言える作品である(2005年にクリス・コロンバス監督によって映画化もされている)。



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