マーゴット・ロビーが体現する反逆のマニフェスト ハーレイ・クインまでの道のりを辿る

アンダードッグ上等

「アメリカは、愛されるか、嫌われるかだ」

  トーニャ・ハーディングの半生を描いた『アイ,トーニャ』をセルフ・プロデュースすることで、マーゴット・ロビーの評価は決定的なものになる。アメリカ郊外の寂れた風景と相俟って、それは『スキャンダル』(ジェイ・ローチ監督/2019年)で共演したシャーリーズ・セロンが、『モンスター』(パティ・ジェンキンス監督/2003年)をセルフ・プロデュースした記憶を思い起こさせる。

『アイ,トーニャ 史上最⼤のスキャンダル』(c)2017 AI Film Entertainment LLC

 恵まれない家庭環境の中、情け容赦ない母親からフィギュアスケーターの英才教育を受けたトーニャ・ハーディングは、幼いころから殴られるのが当たり前だと思うように育てられる。生まれて初めて恋人のできたトーニャは、その恋人にもやがて暴力を振るわれるようになる。「私なら殴るような男とは別れる」と主張する母親は、「殴られて当然だと思ってるんだろ?」とトーニャに問い詰める。トーニャが「なぜだろうね?」と精一杯の嫌味で返答した後の、一瞬だが、延々に続くかのような沈黙の「間」に、この母娘が二人きりで生きてきたことの深い断絶が浮かび上がる。しかもこの母親は、沈黙の後、「(あなたは)殴られるべきね」と返答するのだ。

『アイ,トーニャ 史上最⼤のスキャンダル』(c)2017 AI Film Entertainment LLC

 『アイ,トーニャ』には、関係性の中にいくつもの肉体的、精神的な暴力の階層が存在する。母と娘の主従関係、恋人同士の主従関係、ナンシー・ケリガンに向けられるマスコミが作り上げた「アメリカの姫」というイメージに対する、トーニャ・ハーディングの「アメリカのクズ」というイメージ。そもそもの計画自体がお粗末すぎるナンシー・ケリガン襲撃計画を裏で指示した犯人は、肥満と実家暮らしであることを、いつも周囲から馬鹿にされ続けていた。大衆から求められる「完璧なアメリカの家族」のイメージに、トーニャ・ハーディングが活躍するスペースはない。トーニャ・ハーディングには、ヒールとして、またはモンスターとして、アンダードッグ上等で生きていくしか選択肢が残されていない。

『アイ,トーニャ 史上最⼤のスキャンダル』(c)2017 AI Film Entertainment LLC

 『アイ,トーニャ』は、クレイグ・ギレスピー監督の演出によって、流れるようなカメラワークで、ダイナミックにマーゴット・ロビーのスケート演技が捉えられる。喝采を浴びるトーニャ・ハーディング=マーゴット・ロビーの歯を食いしばるような表情が、いつまでも残像として残り続ける。演技によって解放された幸福よりも、むしろ消えることのない悔しさを世界に向けるその表情は、カメラワークやスケーティングの力強さと拮抗する。トーニャ・ハーディングは悔しい気持ちが強ければ強いほど力を発揮するような気質に育てられたのだ。母親は言う。「あの子の演技の後の表情が見たい」と。

『アイ,トーニャ 史上最⼤のスキャンダル』(c)2017 AI Film Entertainment LLC

 トーニャ・ハーディングとハーレイ・クインのイメージが、アンダードッグ上等の精神で重なっていく。恋人に捨てられたハーレイ・クインは、『ハーレイ・クインの華麗なる覚醒』の中で、新しい時代の「マテリアル・ガール」として生まれ変わる。『紳士は金髪がお好き』(ハワード・ホークス監督/1953年)のマリリン・モンローへオマージュを捧げたマドンナの「マテリアル・ガール」のPVへの、更なるオマージュといえるハーレイ・クインによる転生、覚醒は、もはやロマンスよりもお金を求めた前時代のマテリアル・ガール(『ウルフ・オブ・ウォールストリート』のナオミ)からも脱却している。『ザ・スーサイド・スクワッド』に至っては、ハーレイ・クインは、失恋のトラウマに悩まされるよりも、マニフェストを片手に、楽しみだけを求める享楽的な女性像に転身している。

 ハーレイ・クインの未来は、すべてを乗り越えたトゥルー・ロマンスを求めていくのだろうか(マーゴット・ロビーは『トゥルー・ロマンス』をフェイバリット映画に挙げている)。しかし忘れてはならないのは、人生の楽しみだけを求め始めたハーレイ・クインが放つ享楽の裏には、隠された履歴、歯を食いしばるような悔しさがあるということだ。『ザ・スーサイド・スクワッド』の中で、拷問によって天井から吊るされたハーレイ・クインは、かすれた声で歌う。「誰も私のことを気にかけてくれない」と。

 マーゴット・ロビーは、アンダードッグ上等のスピリットでスクリーンに身を投げ出している。その反逆のスピリット。裁判によって愛するスケートを奪われた『アイ,トーニャ』のヒロインは、リングに倒れ込みながらも、最後にこう言い残した。

「これが私のクソみたいな真実よ!」

参考記事

※1:Margot Robbie and LuckyChap Partner Talk Their Production Strategy|The Hollywood Reporte
※2 『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』パンフレット
※3 WOLF OF WALL STREET'S MARGOT ROBBIE: My Character Had To Be Naked Because That Was Her Only Currency|Insider
※4  Margot Robbie on Reliving Tonya Harding’s “Abuse” and Her Superhero Stalker Fears|The Hollywood Reporter

■公開情報
『ザ・スーサイド・スクワッド “極”悪党、集結』
全国公開中
監督・脚本:ジェームズ・ガン
製作総指揮: ザック・スナイダー、デボラ・スナイダー、ウォルター・ハマダほか
出演:マーゴット・ロビー、イドリス・エルバ、ジョン・シナ、ジョエル・キナマン、ピーター・キャパルディ、シルヴェスター・スタローン、ヴィオラ・デイヴィス
配給:ワーナー・ブラザース映画
132分/2021年/R15+
(c)2021 Warner Bros. Ent. All Rights Reserved TM & (c)DC Comics
公式サイト:http://thesuicidesquad.jp/
DC公式Twitter:https://twitter.com/dc_jp
DC公式Instagram:https://www.instagram.com/dcjapan/

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