リル・バックが語る“映画を作った理由” 「ダンスは世界を変える立派なツールになる」
アメリカ、テネシー州メンフィス。かつてキング牧師が暗殺されたこの地は、アメリカの中でも最も危険な犯罪多発地域の一つとして知られている。闘争や人殺しも珍しくないタフな街で、一羽の白鳥が誕生した。チャールズ・ライリーこと、リル・バックだ。
メンフィス発祥のストリートダンス“ジューキン”との出会いを通して、闘争の街で生きる若者たちの光となった彼の軌跡を追うドキュメンタリー『リル・バック ストリートから世界へ』が8月20日より公開される。
本作はリル・バックに焦点を当てつつも、メンフィスという地域や人そのものを映した作品と言っても過言ではない。「俺たちは人殺しになるより、ダンスがしたい」と、ジューキンを踊りながら語る若者たち。出身地域だけで判断されてしまう彼らにとっての希望の存在であり、本作に出演したリル・バックに、映画について、そして彼自身の考えるダンスとの向き合い方や意義を語ってもらった。
本作の監督を務めたのは、フランス出身のルイ・ウォレカン。ニューヨークのイタリア移民コミュニティとオペラの関係を描くドキュメンタリー『Little Opera(原題)』などを手掛けている。そんなウォレカン監督から映画のオファーを受けた時、それを引き受けた一番大きな理由は何だったのか。
「彼とはバンジャマン・ミルピエ(『ブラック・スワン』の振付師で、ナタリー・ポートマンの夫)と仕事をしている時に出会った。その頃、僕はダンスやエンターテインメントの世界から注目されるようになっていたんだけど、多くの人の僕のイメージは“ヨーヨー・マと『瀕死の白鳥』をやったダンサー”だった。だから、僕のダンスの背景であるメンフィス・ジューキンについて、もっと皆に知ってほしいと思っていたんだ。きっとルイの映画がそれをやってくれるんじゃないかと思っていたよ」
クレジットでは「共同プロデューサー」として、本名の“チャールズ・ライリー”としてクレジットされているリル・バック。単に被写体になるだけでなく、どんな映画にしたいのか、どんなものを撮るのか、監督とのコミュニケーションはどのように行われたのだろうか。
「ずいぶん話し合って、コミュニケーションをとりながら作っていったよ。昔の映像もたくさん提供した。監督はルイなので、もちろん映画全体は彼の撮影プランや編集を尊重したけど、例えばメンフィス・ジューキンを撮るなら、やっぱりストリートで撮ってほしいとかは提案したよ。でも、ルイはメンフィスのカルチャーをすごく大事にしてくれたから、彼が作るものに全く心配はなかったね」
映画の中でリル・バックは「自分を媒介にしてストリートとクラシックの化学反応を起こした」と言っていたが、ストリートのダンスの魅力についてさらに聞くと、「この話題について話すのは好きなんだ」と言いながら、彼は話す。
「僕はストリートダンスを、バレエやコンテンポラリーダンスと同じファン・アート(洗練された高尚な芸術)と捉えている。コンテンポラリーは“現代”という意味だけど、それこそストリートは現代のダンスだと思うよ。技術面でも、バレエに始まる伝統的なダンスと変わりない難易度だし、どんなスタジオダンスとも比肩する難しさがある。そして何より、踊りを通して“自分自身を見つける”行為というのが僕がストリートダンスを美しいと思う理由なんだ。ストリートダンスの大部分はフリースタイルで、要するにアドリブ。もちろん技や技術、動きの基礎はあるけど、その基礎の上に自分の即興を乗せていくから、踊りを通して自分自身、そして自分の持つクリエイティビティを出していくことができるんだ。だからダンサー同士でも、人のダンスを見ていると動きだけでその人の人生が見えてくることもある。フリや動きに、自分というものを全て出していくわけだからね。これはジューキンに限らず、例えばシカゴのフットワークダンサーでもわかること。その人がどんな生活を送ってきたのか、どんな気質があるのか浮き彫りになる。全てが体の動きに入ってくるから、その一個人の個性がすごく出ることが、ストリートダンスの魅力だと思うよ」