リル・バックが語る“映画を作った理由” 「ダンスは世界を変える立派なツールになる」
そう語る彼のキャリアの起点は、やはりクラシック曲「瀕死の白鳥」を踊ったことにある。地元のバレエ団、ニューバレエアンサンブルの芸術監督ケイティ・スマイスにこれを踊ることを勧められたと劇中でも話しているが、リル・バックは「瀕死の白鳥」を最初に聞いた時に何を感じたのだろう。
「僕の場合は音楽を聞くと、視覚野が刺激を受けて目に情景が浮かぶんだ。『瀕死の白鳥』を初めて聴いた時、肩にのしかかっていた重荷が解けていくような感じがした。音楽を聞くと自分の人生に照らし合わせる感覚があるけど、この曲を聴いていく中で自分の人生が走馬灯のように浮かんできたんだ。ケイティにこれを踊れるか聞かれた時、僕としてはできる/できないはさておき、この曲に乗って踊りたいという気持ちがあった。とにかく美しい曲だから、自然に身体が動けるだろうってね。(カミーユ・)サン=サーンスの、ことこの楽曲に関して言うと、最初から最後までストーリーが見えるんだ。例えば、バレエを習う時、バーレッスンを受ける。その際、いろんなクラシック音楽がかかるわけだけど、そういう楽曲ほど『白鳥』は抽象的ではない。音楽が物語をすっと語り聞かせてくれる感じがいいなと思ったし、最初から最後までどういうフリでいけるかの動きがすでに目に浮かんだ。それに、こういうクラシック音楽に触れることで僕の音楽とフリへのアプローチも変わった。ジューキンは、もともとメンフィスのアングラなラップに乗せて踊るものだから、やっぱりペースが全然違う。でもクラシックに乗せて踊ることで、ある種ペースを落としながら振りを考える忍耐力がついたよ」
今でこそ子どもたちに教える身となったリル・バックだが、そんな彼が10代の自分に向けて書いた手紙がDance Spiritというウェブサイトに掲載されている。「親愛なるChuck」から始まり、「Buckより」で締め括られるそれは、読むだけで当時の若かりし彼にとってダンスを続けること自体タフだったことが窺える。あの頃の自分にとって、そして今の自分にとってダンスとは何なのか、彼は最後に語ってくれた。
「貧しい家庭だったし、遊べるおもちゃもなかったから、姉と一生懸命ダンスの練習をした時間が僕にとっては大事な思い出だ。自分にとって踊りは“真の自由”を感じられる唯一のことだった。今の自分にとっては、僕の活動を通して芸術としてのストリートダンスに対するバリアを崩し、広めることができたといいう実感はあるよ。そして、踊りは僕にとってのミッションでもあると思っている。後続する他のダンサーたちをインスパイアしていきたい。僕自身、何もないところからここまでやってきたから、『君たちにもできるんだよ』というメッセージになればいいと思っているよ。僕はマドンナとツアーに参加して2回ほどコラボレーションしたり、いろんなアーティストと組んだりした。それは素晴らしいことだけど、ダンサーはダンサーで立派な独立したアーティストであると知ってもらいたい。ダンスが他のアート形態に何ら引けのとらない、同じくらい深みのあるものであり、深いストーリーを語っていけるものだと伝えていきたい。そしてエンタメとして消化していくのではなく、いろんな経済的格差、社会的格差を乗り越えさせてくれるものだし、そうやって世界を変える立派なツールになることを広めていきたいと思っている」
彼はMovement Art Isという団体を立ち上げている。そこでの活動や仕事を通して音楽と映像を融合させ、複数のメディアを通して自分たちのメッセージを拡散し、ダンサーたちをエンパーメントしていきたいと話した。
■公開情報
『リル・バック ストリートから世界へ』
8月20日(金)より、ヒューマントラストシネマ渋谷、新宿シネマカリテ、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開
監督:ルイ・ウォレカン
配給:ムヴィオラ
2019年/フランス・アメリカ/ドキュメンタリー/85分/DCP/カラー/原題:LIL BUCK REAL SWAN
(c)2020-LECHINSKI-MACHINE MOLLE-CRATEN “JAI” ARMMER JR-CHARLES RILEY
映画公式サイト:http://moviola.jp/LILBUCK/
リル・バックのダンス動画まとめ:https://note.com/moviola/n/n7ffdf628f9b6