密集・密接・密着を讃美する奇跡の大作 愛すべき人の体温を思い出す『イン・ザ・ハイツ』

荻野洋一の『イン・ザ・ハイツ』評

 いま全世界は隔離の時代にある。3密(密閉・密集・密接)を避け、フィジカル・ディスタンシングは人類共通の合言葉となった。だからこそ、その真逆のことが起こるエンターテインメントが求められるのは当然だ。現代ブロードウェイの寵児リン=マニュエル・ミランダが原案・作詞・作曲・主演までも務めたミュージカル(2008年初演)の映画化『イン・ザ・ハイツ』は、上映時間2時間23分のうちほとんどの画面で、おびただしい群衆と交通がロケーションを満杯にする。

 舞台はニューヨーク・マンハッタン島の北端に実在するワシントン・ハイツという地区。地下鉄であと10分も北に行けばブロンクス区となり、地区の象徴であるジョージ・ワシントン橋を渡った先はニュージャージー州である。地区の人口の約7割はドミニカ共和国、プエルトリコ、メキシコ、キューバなど中南米からの移民、つまりヒスパニック(ラテン系アメリカ人)によって占められている。これまで光が当たらなかったワシントン・ハイツという地区が今回、舞台となった意図は明らかだ。ヒスパニックの日々の生活、喜怒哀楽をモチーフにラテン音楽をミュージカル化し、さらにお隣のブロンクス区で誕生したヒップホップの要素も接ぎ木して、「人種のるつぼ」たるニューヨークのもつ多様性・寛容性を、複雑に変化するビート、熱い歌唱、激しいダンスによって謳い上げるというものだ。

 物語は2組のカップルを中心に展開されるが、真の主人公はこの街であり、このストリートであり、この地元住民であり、この夏の数日間の酷暑である。民衆の感情が画面のなかでさまざまな形となって変奏されていく。クライマックスとなるのは真夏の夜に突如として起こる大停電だ。大停電のシーンではメインキャストが一堂に会し、「Blackout」というナンバーが演奏され、ボルテージが最高潮に達する。繰り返される歌詞「Powerless, we are powerless」──つまり「私たちは電力不足だ(powerless)」という意味と「私たちは無力だ(powerless)」という意味がかけられている。小さき民の嘆きを、楽曲そのものに充満するパワーで補充しようとしているかのようだ。

 地域コミュニティ全体を見守るおばあちゃんのような登場人物が、悩める若者に「小さなことから尊厳を守りなさい」と助言するシーンがある。日々の重労働で荒れた手の平を覆うために美しい手袋を愛用することから生まれる、小さな尊厳。小さき民の小さき尊厳。小さいけれど、それは永遠だと彼らは口々に歌い継ぐ。「永遠」はスペイン語で「Siempre(シエンプレ)」。縁者をたくさん招待しておこなわれるパーティで、みんながレコードの楽曲に合わせて「Siempre, siempre, siempre」と繰り返す。おばあちゃんが言う。「このレコードの傷が好きなの」。ちょうど「Siempre, siempre, siempre」の箇所を毎年なんどもなんどもみんなで聴いて、みんなで歌ってきたためにできた傷なのだろう。だから「永遠に」という単語があたかも永遠に続いてほしいというみんなの祈りを体現するかのごとく反復される。レコードの傷なんていう、じつに些細な小さき事柄をもって彼らの永遠の幸福を祈願するかのように。



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