Netflix、MCU、HBOなどから考える、映画とドラマの新時代 垣根はほぼ取り払われている?
海外ドラマシーンの予算とキャスティングの変化
こうして、Netflixをはじめとする動画配信サービスがハイクオリティなドラマで頭角を現していく中で、アメリカのテレビ利用も変化していった。以前は、テレビを繋げば観ることのできるネットワーク局とは別に、ケーブルテレビ局と契約するのが一般的だった。しかし、動画配信サービスの普及や、ケーブルテレビより安く、そしてテレビの前でなくとも好きな時にハイクオリティなドラマを観ることができるということもあり、2010年代に入ってからはケーブルテレビを解約し、動画配信サービスに切り替える「ケーブルカッター」と呼ばれる人々が増えていった。この背景には、海外ドラマの製作予算感の変化が密接に関わっている。
現在、ハリウッドメジャーを母体とするものも含め、各社が動画配信サービスに注力している。映画館で映画が公開できない現在、特にウェイトが置かれているのはドラマだ。しかし、Netflixはいち早く、2012年からオリジナルドラマの製作に力を入れていた。例えばデヴィッド・フィンチャー監督を迎えた『ハウス・オブ・カード 野望の階段』(2013年〜2018年)は1話当たりの制作費が約450万ドル(約4億5000万円)と言われており、『ゲット・ダウン』(2016年)も1話あたりの制作費は平均1100万ドル(約11億円)、さらに『ザ・クラウン』(2016年〜)はなんと1話当たりの制作費が1300万ドル(約13億円)と言われている。
先日『ロード・オブ・ザ・リング』のドラマ版に、Amazonが史上最高額の4億6,5000万ドルを超える予算を投入するというニュースも報じられた。『アベンジャーズ/エンドゲーム』ですら製作費は3億5,600万ドルと言われており、それを遥かに上回る予算が投じられたわけだが、このように「予算をかけたドラマをヒットさせていく」潮流を作ったのはNetflixなのである。また、ケーブルテレビ局の普及までは、1シーズン22話前後で制作されるのがスタンダードだったアメリカの実写ドラマだが、Netflixや近年のHBO製作作品はその半分やそれ以下の話数に凝縮されたリミテッドシリーズやミニシリーズを打ち出してきた。この潤沢な予算、そして長寿ドラマに比べ撮影の拘束時間が減ったという条件が、ドラマの可能性をより広げてきたのだ。
ドラマが映画規模のハイクオリティになった要因
予算が増え、拘束時間が以前に比べ減ったドラマ制作で何ができるかというと、ギャランティの高い映画監督や映画スターのキャスティングだ。
そもそも当たり前ではあるが、ハリウッドでの映画とドラマの作り方は違う。映画では、脚本家が仕上げた脚本をスタジオが買い、各部門の関係者が読むことで何度もリライトしていく。それが良い方向に作用することももちろんあり、数多のハリウッドの名作たちはそうして生み出されてきている。しかし、鮮烈な内容の脚本がリライトによって凡庸な作品になってしまうようなことも間々あるという。
一方、ドラマ作りでは、脚本家自身が企画の立ち上げを行い、制作会社や局に売り込みをする。その脚本家は製作総指揮も務める「ショーランナー」として、脚本の執筆はもちろん、他の脚本家への指示出しやキャスティング、スタッフィングも行う。つまり、クオリティ面でもマネジメント面でも、作品全体のコントロールをする立場となる。脚本家自身が企画を動かしているため、スタジオによって脚本が手直しされ、最初とは全くの別物に改悪されてしまうリスクはかなり低い。
また、映画制作ではレーティングが18歳以上で暴力・性描写が激しい作品は観る層に偏りが出ることで、レーティングの設けられない作品よりも高い興行収入を望めないと出資者やスタジオ上層部が危惧することもあり、製作のゴーサインがなかなか出づらい。結果として、どのスタジオも似通った内容の作品が増え、攻めた内容の映画はより製作されづらくなった。それに対し、動画配信サービスやケーブルテレビ局のオリジナルドラマは表現の規制も緩く、そのぶん尖った内容の作品も集まりやすい。こういったクリエイティブの自由度も映画方面で活躍していた監督にとっては魅力的なのである。
そうして、映画とドラマを取り巻く状況の変化から、両者の人材の流れも変化していった。以前は、ハリウッド映画のスターがメインキャストとしてドラマに出演することは、スケジュールの問題から見ても少なかったわけだ。Netflixはこのクリエイターファーストの姿勢を貫きながらオリジナルコンテンツの製作に莫大な予算をかけることで、業界トップの監督・俳優を迎えた作品を作り上げていった。その結果が、デヴィッド・フィンチャー監督作『ハウス・オブ・カード 野望の階段』のエミー賞9部門ノミネート、監督賞ほか3部門を受賞という高い評価に繋がる。その後、『ザ・クラウン』『ストレンジャー・シングス 未知の世界』などの受賞も続き、ハイクオリティなドラマを手がける動画配信サービスとしての存在感を示し続けた。
一方、HBOも大ヒット作『TRUE DETECTIVE』を見れば、出演者はマシュー・マコノヒーやウディ・ハレルソン、レイチェル・マクアダムス、マハーシャラ・アリといったA級映画並みの顔ぶれで、本シリーズも“超一級”としてエミー賞を数多く受賞した。有料のケーブルテレビならではの規制の緩さや、それに伴う性描写や暴力描写を含む表現の幅の広さを活かしたハイクオリティな作品を世に出し続け、世界的に高い評価を受けるHBOも、まさにドラマ界の帝王として君臨してきた。