記憶という“フラット”に囚われた密室劇 『ファーザー』の鬼気迫る恐怖と悲壮

『ファーザー』で描かれる恐怖と悲壮、喪失

 リアルサウンド映画部の編集スタッフが週替りでお届けする「週末映画館でこれ観よう!」。毎週末にオススメ映画・特集上映をご紹介。今週は、人の顔と名前を覚えるのに時間がかかってしまうアナイスが『ファーザー』をプッシュします。

『ファーザー』

 一連のアカデミー賞の揉め事のせいで、なんとも不運な目に遭ってしまった作品『ファーザー』。特に本作で主演男優賞を受賞したアンソニー・ホプキンスは、二つ目のオスカー像に相応しい(恐らく彼のキャリアの中の最高潮とも言える)名演技を披露したのに、“番狂わせ”という言葉ばかりが先行してしまった。しかし、本作を観ればアカデミー賞の結果に納得のいくこと間違いなし。ホプキンスが本名と同じ、アンソニーという名の役を演じたことも、パフォーマンスが真に迫った一つの要因だろう。

 本作は、認知症の兆候がある80歳の父親アンソニーと、彼の面倒を見る娘アン(オリヴィア・コールマン)の物語。映画の冒頭から、彼は常に無くしてしまった腕時計の行方と、自分の住む“フラット(家)”の心配ばかりをしている。そして劇中何度も「私は絶対にこの家を離れんぞ!」と訴えるのが印象的であり、この映画の象徴にも感じる。アンソニーは、“家から離れられない”のだ。

 住処というものを考えた時、そこにあるのは日々使う小物や着替えのパジャマ以前に、記憶である。下の娘ルーシーが描いた絵画を飾ったリビングルーム、ルーシーにとても似た顔の新しい看護人、アンの恋人から言われた心ない言葉によって受けたショック。アンソニーは、その全ての記憶の中で生きている。その中でしか生きられないと言い換えるべきかもしれない。本作では特にシンメトリーなショットが多用され、廊下の先にあるアンソニーの寝室、キッチンに佇むアン、大きな黒い玄関のドアと、それぞれがフラットの中で酷く孤立したような印象を効果的に与えている。まさに、そこに囚われたかのような錯覚。しかし今、認知症のアンソニーはその記憶……つまり住処“フラット”を失いつつあり、それに恐怖している。

 認知症が、単純に何かを忘れるのではなく、失うものだということを痛感させられる本作。他人の名前も、顔も、思いやりも、時間も、家族も、正気も、そして自分自身でさえ失っていく。その感覚は、当事者でなければ想像をすることも難しい。しかし大半がアンソニーの視点で描かれたこの映画は、それがどういうことなのかを視覚的に見せてくれる。これが、並みのホラー映画よりも怖い。感動作であることは間違いないが、アンソニーという記憶を失う立場の人間の過ごす1日が、これほどまでに恐ろしく、そして長いのかという斬新で鬼気迫る表現方法に、わなわなと震えてしまいそうだった。

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