横山裕、30代最後の連ドラ初主演で見せる包容力 『コタローは1人暮らし』が切ない

横山裕、30代最後の連ドラ初主演で見せる包容力 『コタローは1人暮らし』が切ない

 ほのぼのハートフルコメディを想像していたのだが、思いがけず胸の奥をぎゅっと締め付ける作品だった。4月24日にスタートした『コタローは1人暮らし』(テレビ朝日系)。初回から、さとうコタロー(川原瑛都)5歳の、けなげで切ない名言がいくつも飛び出した。

 『アパートの清水』202号室に住む、売れない漫画家・狩野進(横山裕)。ある日狩野のもとに、高級ティッシュを持った子どもが引っ越しの挨拶にやってきた。腰におもちゃの刀を差し、アニメ『とのさまん』のマネをして“殿様語”を話すコタローは、5歳とは思えぬ落ち着きぶり。さらには、203号室にて一人暮らしをするのだという。

 『アパートの清水』には風呂がなく、コタローに銭湯の存在を教えた狩野。部屋に戻ってテレビをつけると、今日もまた、守られなかった子どものニュース。「まわりの大人は一体、何やってんだか」。イラついたように、呆れたように呟いた狩野が、何かに気づいたように向かったのは銭湯。コタローと並んで湯舟に浸かり、身体を洗う。目にしみるシャンプーに耐えながら「自分でできる」と強がるコタロー。その髪をわしゃわしゃと洗う、不器用だが優しい手こそ、狩野という男そのものに思えた。

 「頭を洗ってもらうのは、すごく久々ぞ」と、5歳の子どもが言う。めざまし時計の音で起床し、朝食を作る。新聞を読み、買い物へ行く。転んだって涙を見せないのに、大人の涙のあとには気付く。その対処法まで知っている。どれをとっても、5歳の子どもとは思えない。子どもが「子どもでいられない」、そこには必ず理由があるはずだ。

 親は「おったがおらぬ」というコタロー。親はいないという狩野。「寂しい」という言葉を自分の感情として受け止めていない、2人のどこかちぐはぐとした会話が印象的だった。それでも、幼稚園から出てくる楽し気な親子を見つめる2人の姿には、同じ「寂しさ」が見える。

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