『流行感冒』が視聴者に突きつける問い 本木雅弘の心情の変化を通じて教えてくれること

『流行感冒』が問いかけてくるもの

 ヘビーな主題ではあるが、主人公の「私」を演じる本木雅弘のユーモラスな“激憤”芝居がどこか楽しい。「文化・文明の担い手でござい」という顔をしてきた人間が、天災の前では為す術なく狼狽し、平静さを失っていく様が滑稽ですらある。原作もドラマも「事象を俯瞰で見て喜劇化する」という諧謔の視点が貫かれている。この視点は今、とても重要なのではないかと思う。異常さと滑稽さを際立たせる「静かでささやかな日常」という通奏低音が秀逸だ。

 妻役の安藤サクラ、2人の女中を演じる古川琴音と松田るかの「大正時代の市井の人々の実体感」に徹した演技が素晴らしい。“ツッコミ”の役回りとも言える、東京の新聞社の担当編集者・根岸を演じる仲野太賀の泰然自若とした存在感も、ドラマにスパイスを加えている。そして何と言っても、娘の左枝子を演じた志水心音の愛くるしさと自然な立ち居振る舞いに魅了されてしまう。俳優たちの臨場感あふれる演技があってこそ、失いたくない「日常」の尊さ、そして、そこへじわじわと浸食してくる疫病という非日常のおぞましさが立ち上がってくる。

 パンデミックは、人間の心の内にあるものを暴き出してしまう。そんな中で自分を失わないためには、常に自分をかえりみること、そして他者を尊重することを忘れてはいけない。自分の行動を棚に上げて、他者を責めたり文句ばかり言っていないだろうか。視野狭窄に陥っていないだろうか。度を越して利己的なふるまいは、結局自分で自分の首を締めることになる。わかっていたつもりでも、この1年間の疲弊から、つい忘れてしまいがちな大切なことを、このドラマはそっと思い出させてくれる。主人公「私」の心情の変化を通じて、人間は本来、思慮する力、他者を思いやる優しさ、信じる強さがあり、希望の種は己の内にあるのだということを教えてくれる。

 ラストシーンでは不思議な爽快感にも包まれる本作。観終わったあと、あなたの心の中にも、希望の種が撒かれているかもしれない。

■佐野華英
ライター/編集者/タンブリング・ダイス代表。ドラマ、映画、お笑い、音楽のほか、生活や死生観にまつわる原稿を書いたり本を編集したりしている。

■放送情報
特集ドラマ『流行感冒』
NHK BSプレミアムにて、4月10日(土)21:00〜放送
出演:本木雅弘、安藤サクラ、仲野太賀、古川琴音、松田るか、石橋蓮司ほか
原作:志賀直哉『流行感冒』
脚本:長田育恵
音楽:清水靖晃
制作統括:松川博敬
演出:柳川強
写真提供=NHK

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