『ミナリ』でアカデミー賞ノミネート スティーヴン・ユァン×ユン・ヨジョンのこれまで
第93回アカデミー賞で6部門にノミネートされている映画『ミナリ』。監督を務めたリー・アイザック・チョンは、日本ではハリウッド版『君の名は。』を監督することでも知名度が高い。彼は、アメリカのコロラド州に生まれた韓国の移民の二世で、映画も監督自身の経験が元になっている。
物語は1980年代のアメリカ南部が舞台。アメリカでの成功を夢見て、アーカンソー州の農地を購入し、トレーラーハウスでの生活を始めたジェイコブ(スティーヴン・ユァン)。しかし、その妻モニカ(ハン・イェリ)は、そんな夫に不安を覚えていた。夫婦はヒヨコの雄雌を鑑定する仕事をしながら、娘のアン(ノエル・ケイト・チョー)、息子のデビッド(アラン・キム)と暮らしていた。心臓を患うデビッドを心配し、モニカは祖国から実母のスンジャ(ユン・ヨジョン)を呼び寄せる。
農地は誰も買わないような荒れたもので、トレーラーハウスは嵐で飛ばされそうになる。いきなり韓国からやってきた祖母の存在に姉弟は戸惑ったりと、不穏な要素が各所にちりばめられ、対象的に大自然の雄大さが映る。監督は家族の話であり、また直接的に差別を描いたものではないと語っている。ポジティブな物語とも捉えているが、観た後に残るのは、さわやかな感覚だけとも言い難い。なぜヒヨコの雄が焼かれるのか(もちろんその理由は台詞にあるがなぜそのシーンがあるのかという意味で)、ある出来事をきっかけに家族は本当に雨降って地固まる的に収まるだろうかといった、様々に解決できない思いが残る不思議な感覚の作品だと思った。
この作品で父のジェイコブを演じたスティーヴン・ユァンはアカデミー賞の主演男優賞に、また祖母を演じたユン・ヨジョンは助演女優賞にノミネートをされている。このコラムでは、ふたりの出演作を振り返ってみたい。
スティーヴン・ユァンは、1983年生まれ。ソウルで生まれてミシガン州で育った。彼の代表作と言えばやはりドラマ『ウォーキング・デッド』で、2010年のシーズン1から2016年のシーズン7まで出演。主人公を助けるグレン役で登場したときは、まだ少年っぽさがあったが、このシリーズの間にも、精悍なイメージへと成長していった。
2017年には、ポン・ジュノが監督、脚本を手掛け、プロデュースにはブラッド・ピットのPLAN Bが名を連ねているNetflixオリジナル映画『オクジャ/okja』にも出演。スティーヴン・ユァンは、少女ミジャ(アン・ソヒョン)と豚のオクジャの乗ったトラックを襲う動物愛護団体に属する通訳を演じた。決して出演時間が多いわけではないが、少女ミジャとの間でかわされる台詞に意味を見出したくなるようなところがあった。
2018年、村上春樹の短編小説『納屋を焼く』が原作で、イ・チャンドンが監督、NHKの国際共同制作によるドラマと映画『バーニング』にも出演。この作品では、ベンという謎めいた男を演じた。
ベンはこの映画の主人公のジョンス(ユ・アイン)の幼なじみヘミ(チョン・ジョンソ)がアフリカ旅行で出会った青年だ。ジョンスやヘミと違ってお金持ちで洗練されたベンは、最初からどこか存在が不穏だ。いつもうっすら笑っていて本心が見えず、「僕は涙を流して泣いたことがない」と言い、仕事は説明は難しいが遊びと仕事の区別がつかないようなことをしていて、そして「納屋を焼く」という奇妙な趣味を持っている。監督は「ベンはこの世の中のミステリーを表している」と語っていたが(参照:「何と戦えばいいのか分からない」 韓国の巨匠イ・チャンドン監督が『バーニング 劇場版』で描いた人間の怒り|HUFFPOST)、穏やかで人当たりもよくスマートなのに、どこか離れた場所から人間を高見から鑑賞しているようなその距離感がおかしく、観ているものを不安にさせる。ベンの残像は映画を観て3年経ったいまでも頭に焼き付いている。
おそらく私が『ミナリ』を観ても、単に1980年代アメリカ南部に暮らした家族の美しい物語に見えず、何かそれ以上のものを感じるのは、『バーニング』でスティーヴン・ユァンが演じたベンの不穏さの記憶があるからではないかとすら思える。