宮藤官九郎が挑む新境地 『俺の家の話』は介護の現実に寄せた令和のホームドラマに
待ってました、これぞクドカンワールド! 『俺の家の話』(TBS系)の主人公は42歳のプロレスラー・寿一(長瀬智也)。彼のリングネームは、あこがれのヒール、ブルーザーにちなんでブルーザー寿一になるはずが、手違いで“ブリザード寿(ことぶき)”に。得意技は寿固めとブリザードチョップ。決め言葉は「お久しブリザード!」。そして、会場にはユーミンが1984年にリリースした名曲「BLIZZARD」がかかる。この冬に行なわれた試合のタイトルは「さんたまプロレス、冬の社会的距離格闘、ソーシャルディスタンスファイト」。脚本家・宮藤官九郎の昔からのファンや、この年末年始にTver(ティーバー)で配信されていた『池袋ウエストゲートパーク』(原作・石田衣良、TBS系)、『タイガー&ドラゴン』(TBS系)などを観た人は、そんな気持ちになっただろう。クドカンのフィールドであるサブカルチャーのひとつ、プロレスの小ネタがふんだんに散りばめられ、『木更津キャッツアイ』(TBS系)から通して描かれてきたヤンチャな男たちの馬鹿騒ぎが繰り広げられる。第1話では、その笑いと共に、体を痛めながらなんとか現役を続けてきた中年レスラーの悲哀が描かれた。
しかし、『俺の家の話』は過去作のような青春コメディではなく、そのタイトルどおりホームドラマである。しかも、トリッキーな設定はなしの現実的な。宮藤官九郎の作品としてはそこが新しい。ブリザード寿は、本名を観山寿一といい、能楽師宗家で人間国宝である寿三郎(西田敏行)の長男だった。その父、寿三郎が余命半年と宣告され、25年前に家を飛び出した寿一が宗家の跡継ぎになるのかという伝統芸能の話も描かれるが、この作品のメインテーマは「介護と家族」にあるようだ。
寿三郎は父である前に能楽師であり、子供とのコミュニケーションより芸の道を優先してきた。子供時代の寿一はそんな父にほめられたかったが能の稽古をしてもほめてもらえず、父性愛を求めてプロレス一門のメンバーになる。それから25年の年月が過ぎ、自分も一児の父となった寿一は、「父、危篤」の知らせを受け、寿三郎の入院先へ。2年前に舞台で倒れて下半身不随となった父は再び意識不明に陥っていた。その後、意識を取り戻した父を妹の舞(江口のりこ)、弟の踊介(永山絢斗)と共に在宅介護することになり、寿一はレスラーを引退して実家に戻る。だが、もともと仲の良い親子ではなかったうえに、父の偉大さを認めていた寿一は、父をお風呂に入れたり、オムツを換えてあげたりすることがすんなりできず、お風呂場で涙ぐむ。父の婚約者として同居することになった介護ヘルパーのさくら(戸田恵梨香)に「他人の私にできて、なんで息子のあんたにできないの」と言われ、「息子だからできないんだよ」と泣きながら反論するシーンが印象的だった。
さらに寿三郎には認知症の疑いもかかる。ケアマネージャーがテストとして野菜の名前を挙げるように言うのだが、なかなか出てこない。本人も3人の子供も「頭はしっかりしている」と思っていただけに、ショックを受ける。その場には寿一の小学生の息子・秀生(羽村仁成)もいて、そんな大人たちの空気に気づかず、祖父が言えない野菜の名称を次々に言ってしまうのだった。ケアマネージャーが「坊や、黙っていようか」と制しても、簡単なクイズに正解できることがうれしくて、どんどん答えを先取りする。実は秀生には学習障害と多動性があって、そういったコントロールができないのだ。答えが浮かばない寿三郎と、答えてはいけないのに答えてしまう秀生。どちらも“普通”からこぼれてしまった状態で、その2人が自分たちの問題点を露呈する場面は、せつなくもリアルだった。ここには宮藤官九郎が大河ドラマ『いだてん』(NHK総合)で描き出した人間の能力の限界や人生の残酷さなどが、引き続き端的に表現されているように見えた。