第82回ゴールデングローブ賞に感じた“気概” 印象的だった浅野忠信らのスピーチを振り返る
第82回ゴールデングローブ賞の授賞式が、1月5日(米現地時間)に米ロサンゼルス・ビバリーヒルズで開催された。
本年度の話題はなんと言っても、『SHOGUN 将軍』(ディズニープラス)の4冠受賞ではないだろうか。テレビ部門の作品賞(ドラマ部門)をはじめ、アンナ・サワイが女優賞(ドラマ部門)、真田広之が男優賞(ドラマ部門)、浅野忠信が助演男優賞を受賞した。しかし話題はもちろんこれだけに尽きない。今年の授賞式の話題をスピーチや受賞結果とともに振り返ってみよう。
昨年度のゴールデングローブ賞は散々だった。“史上最悪”とも言われた司会者ジョー・コイによる杜撰なオープニングスピーチが記憶に新しく、しばらくインターネット上が荒れていたことを思い出す。ハリウッド外国人映画記者協会(HFPA)のスキャンダルも相まってゴールデングローブ賞は近年あまり良い印象を持たれていないアワードだったが、HFPAが解散し、テレビ制作会社エルドリッジ・インダストリーズと投資会社ディック・クラーク・プロダクションズに権利が譲渡されて2年目となる第82回ゴールデングローブ賞の印象は「ひとまず落ち着いて見られる」といったところだろうか。可もなく不可もなく、退屈とも言えるかもしれない。これはアカデミー賞をはじめ近年のアワード番組の視聴率低下に対する業界全体の持つ課題でもある。しかし今年は番組史上初の単独女性ホスト(コメディアンのニッキー・グレイザー)が司会を務め、何か新しい方向に向かおうとしている気概を感じた。
『ウィキッド ふたりの魔女』にとっては難しい戦局に
それでも、受賞結果に誰もが納得いかないというのがアワードショーである。今回話題になっているのが、『ウィキッド ふたりの魔女』(以下、『ウィキッド』)のアリアナ・グランデが助演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を逃し、代わりに『エミリア・ペレス』のゾーイ・サルダナが受賞したこと。これに『ウィキッド』のファンはグランデが「robbed(賞を奪われた!)」と落胆を隠せない。特別ファンの多い作品だからこそ支持も厚く、幼い頃からグリンダ役に強い思い入れがあったグランデの演技が魅力的だったからこそ、本賞の受賞は彼女が最有力候補であった。しかし、トロフィーは作品賞(ミュージカル・コメディ部門)も獲得した『エミリア・ペレス』に出演したザルダナの手の中に。
個人的にも思うのは、アワードに触れるうえで難しくも大切なことが、どちらも受賞するべき素晴らしい演技を披露しているため、受賞結果は“結果”として受け止めるしかないことなのだ。ザルダナもこれまで素晴らしい俳優として活躍してきたが、『アバター』シリーズや『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』シリーズなど、彼女の素顔が見えない役柄での評価が先行されてきた。個人的には素の表情の彼女が今回受賞に至った点は、キャリアを振り返ると素晴らしいことだと思う。本人も受賞するなんて一切思っていなかったかのように驚き、痛く感動し、泣きじゃくりながら受賞スピーチを行っていた。
一方で、この受賞結果に対し、『ウィキッド』が昨年度に苦汁を飲まされた『バービー』と同じ運命を辿ってしまうのかという懸念もある。今回のゴールデングローブ賞では4部門のノミネート(作品賞、主演女優賞、助演女優賞、興行成績賞)のうち、興行成績賞のみの受賞となった『ウィキッド』。これを昨年受賞した作品が他ならぬ『バービー』なのだ。『バービー』も話題性や興行収入の結果に反し、アワードではなかなか冷遇を受けたような印象がある。プロデューサーとしても身を削る思いで主演を務めたマーゴット・ロビーや、監督のグレタ・ガーウィグが一切の賞を獲得できずにいたことは多くの映画ファンをがっかりさせた。加えて「ひとりの女性(人形であったり魔女であったり)が自由を求め、自分の信じた道を行く」といった作品のテーマ性も重なる故にますます“去年の『バービー』枠”といっても過言ではないだろう。
特にこういったポップス色の強い作品はアカデミー賞は難しくとも、その前哨戦とも言えるゴールデングローブ賞で獲得できるケースが多いのだが、今回ここでグランデが獲れなかったことは『ウィキッド』側にとって非常に痛手のように感じる。なぜなら『バービー』には主題歌賞があったのに対し、『ウィキッド』は“オリジナルの歌曲”がない(ブロードウェイ版の前半歌曲によって構成されている)からだ。クライマックスを飾るシンシア・エリヴォによる力強い「Defying Gravity」やグランデの魅力溢れる「Popular」の歌唱は映画の大きな見どころであるがゆえに、それが賞レースで戦う武器になれないことは歯がゆい。『ウィキッド』にとっては今後『バービー』以上に難しい戦局となるだろう。
ヒヤリ&ほっこり場面や注目の受賞者たち
さて、今年は特に誰かが誰かをビンタしたり、最悪のジョークで会場を白けさせたなんて場面はあまりなく、比較的平和な雰囲気のゴールデングローブ賞だった。しかし、そんな中でも一瞬会場を“ヒヤッと”させたのが、ヴィン・ディーゼルである。興行成績賞のプレゼンターとして登場した彼は開口一番に「よう、ドウェイン(Hey Dwayne)」と、会場にいたドウェイン・ジョンソンに急に挨拶。この2人、前からかなり不仲であることがハリウッド中の話題になっているため、会場は少し静かになり、カメラに映されたジョンソンは歯を見せて笑ったものの、すぐに真顔に戻った。彼らの確執は長年にわたるもので、その発端がディーゼルの勤務態度の悪さや度重なる遅刻などの怠慢によるものであるため、会場の反応の悪さからもジョンソンの味方が多そう。
ヒヤリとさせる場面の後には、“ほっこり”な場面も。今回、映画部門の監督賞を受賞した『ブルータリスト』のブラディ・コーベットは、スピーチで家族に感謝。特に会場にも来ていた自身の娘に触れ、「ドレス姿の彼女がとても美しく、この“大惨事”に巻き込まれた価値があった(who looks so stunning in that dress of hers tonight that I’m thinking that this Fiasco I got to all into may have very well been worth it)」と語った。カメラにはその間、嬉し涙で泣きじゃくる娘の姿が映され、ネット上でも話題となった。
ネット上で話題になった受賞者といえば、デミ・ムーアとフェルナンダ・トーレスだろう。ムーアは『サブスタンス』で主演女優賞(ミュージカル・コメディ部門)を受賞。本作は、元人気女優が50歳を超えて容姿の衰えを感じ、とある最新医療に手をだすサイコホラー映画。狂気溢れる演技が注目されたムーアはスピーチにて、45年以上俳優をしていて、こういった受賞は初めてであると喜びを語った。
そして主演女優賞(ドラマ部門)は『I’m Still Here(原題)』のトーレスが受賞。本作は、軍事政権下で拉致され、拷問後に死亡した下院議員ルーベンス・パイヴァの遺された妻と5人の子どもたちを描いた映画であり、本受賞はブラジル人として史上初の快挙である。実は彼女の母親であるフェルナンダ・モンテネグロも1999年に同じカテゴリーでノミネートされていたため、26年越しに娘が受賞したことで祖国ブラジルは大盛り上がり!