『ソウルフル・ワールド』が伝える人生の醍醐味 ジャズミュージシャンの物語になった理由とは

『ソウルフル・ワールド』が描く人生の醍醐味

 本作で描かれるジョーが生きていた世界(現世)は、ピクサーのこれまでのノウハウが発揮され、驚くほどの情報量によるリアリスティックな世界がディフォルメされたかたちで表現される。なかでもニューヨークの街の、“混沌”といえる複雑な描写は圧倒的だ。対して魂の世界は、手で描いたようなシンプルな線でキャラクターや背景が表現されている。だがよく見ると、こちらでも3DCGやエフェクトによる繊細な加工が施されることで、テイストの落差を感じさせながらも、作品全体に調和をもたらしている。

 『インサイド・ヘッド』の精神の世界と現実の世界との対比と同様に、この二つの世界のテイストの違いには、アニメーションの世界の中でさらに実写とアニメーションのような世界が展開されていると感じられる面白さが備わっているといえよう。この表現を見ていると、「そもそもアニメーションとは何か」という、一種哲学的ともいえる根源的な疑問を喚起させられるところがある。

 風が体にあたる感触や、ピザを食べたときの味わいや舌触りなど、感覚や体験に満ち溢れている現世。感覚を持つことのできる身体が存在せず、概念や思考のみがある“魂の世界”。本作で流れる、即興性が重要な要素となるジャズと、電子機器や打ち込みを介してもたらされるエレクトロニックサウンドは、それらの差異を象徴するものとして意識的に配置される。この二つの“世界”を観客に体験させることで、本作は“生きる意味”という哲学的な問題に行き着くことになる。

 ジョーは子ども時代にジャズとの劇的な出会いを経験し、それを自分の“Spark(きらめき)”だと考えるが、本作の設定では、じつはそのような個別の特性は生まれ出る前から魂が固有に獲得していたものだと劇中で説明されている。ジョーと22番はそれぞれに肉体を得て現世にやってくることになり、22番は様々な体験そのものにしみじみとした感動を覚えるが、ジョーはそんなものは“ただの生活”であって、それ自体は生きる理由にはならないと語りかける。彼は自分がプロのジャズプレイヤーになるために生まれてきたという信念に突き動かされていて、目的が達せられなければ、“自分の人生には何の意味もない”と考えているのだ。

 しかし本作は、「果たして“それ”が本当に“生きる意味”なのか?」という疑問を投げかける。劇中でも描かれるように、ジョーは自分の夢を叶え素晴らしい演奏を披露するが、客が帰った後のジャズクラブから外に出たとき、想像していたほどの感動には包まれてはいないことに気づく。なぜなら、目標に到達した後も人生は続いていくからだ。夢が叶ったのなら、次の夢を考えればいい。しかし、次の夢を叶えるまでの努力が実らなければ、それは無駄な努力だといえるだろうか。同様に、ジャズミュージシャンになれなかったとしたら、それまでに費やした努力は無駄だったといえるだろうか。もちろん、夢を叶えることは素晴らしいが、人生はそれだけではないのかもしれない。列車に乗って目的地へ行こうとするとき、「早く着かないかな」としか考えなければ、途中の風景を楽しむことはできず、それは“死んだ時間”になってしまう。

 最初に紹介したエリック・ドルフィーの名言のように、ジャズは即興部分(インプロビゼーション)にこそ大きな魅力が存在し、音が自由な感覚で奏でられる瞬間瞬間の判断に醍醐味があるのだ。そしてそれは、二度と再現できない偶然性に溢れていて、当初の予定と異なる方向に音が転がっていくからこそ面白い。人生もまた、良くも悪くも思わぬ方向に展開していくからこそエキサイティングなのではないだろうか。本作がジャズミュージシャンの物語なのは、ジャズの本質と人生を楽しむ姿勢に共通点を見出したということだろう。

 だが、ジャズに代表されるような、即興性のある音楽だけが音楽ではないことも、確かなことだ。本作がたどり着くメッセージと異なる結論に行き着いたピクサー作品も存在する。それが、ブラッド・バード監督の『レミーのおいしいレストラン』(2007年)である。

 この作品では、天才的な料理人となるネズミと、天才的な料理批評家の出会いを描き、優れた才能と努力によって得られる境地を、息を飲むような緊張感とともに荘厳なシーンとして表現している。もちろん、作中ではそこまでの高みに到達できない者たちをフォローするような描写も見られるが、あくまで重要なのは、高みへと登ることの達成感と尊さである。その意味で、才能を持った人物とそうではない人物を意図的に並列に置こうとする『ソウルフル・ワールド』は、“アンチ・ブラッド・バード”と呼べるような性質を持っているように感じられる。

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