『エール』の“音楽”はいかにして作られたのか? 瀬川英史に聞く劇伴制作の裏側

『エール』音楽担当・瀬川裕史に聞く

 舞台は昭和18年、日本が太平洋戦争へと邁進していく中で、裕一(窪田正孝)らを取り巻く環境も大きく変化している『エール』(NHK総合)。久志(山崎育三郎)と御手洗(古川雄大)の対決、梅(森七菜)と五郎(岡部大)の恋路など、コメディあり、ラブストーリーありで展開された前半とは一変、物語全体に暗い影がかかっている。

 そんな本作において、物語のテーマであり、キャストたちとともに欠かせない存在となっているのが“音楽”だ。劇中の時代に流れていたであろう音楽を意識して作ったという『エール』の劇伴を担当した音楽家・瀬川英史に話を聞いた。

古関裕而と多かった共通点

瀬川英史

ーー数々のドラマ、映画の音楽を手掛けている瀬川さんですが、改めて“朝ドラ”という約半年間にわたる長期のドラマだからこその難しさはどんな点にあったでしょうか?

瀬川裕史(以下、瀬川):福島市の古関裕而記念館を見学したのが、2019年の4月なので実質1年6カ月ほど関わっていることになるんですね。朝ドラが初めて4K放送に移行するために制作準備が他の朝ドラよりも早く始まったのだと思いますが、そのおかげで古関裕而さんが生まれた時代の日本の音楽や戦後の音楽の変遷など時間をかけて調べることができました。こんなにドラマのテーマに関して研究したのは初めてで、それはとても大変でしたが芸大の図書館に行って資料を探したりと楽しい作業でした。当時のレコーディングに関しての記述はほとんど出てこなかったので、同時代のアメリカの資料を参考にしました。カーボンマイクという戦前にポピュラーだった機材を使って、後から加工するのではなく当時の手法で当時のサウンドを再現するということを試みてかなり成功したかなと思います。井上希美さん演じる藤丸の「船頭可愛いや」等が流れるシーンで使われてるのはそのマイクで録音したテイクなんです。朝ドラだからと言っても他の作品とそれほど違いはありません。いつも通り脚本を何度も読んで感じるままに書き進めました。いつも通り台本が欲していると自分が感じるものを音にしていくだけです。ただ他の朝ドラであれば時代設定に関係なくてエレクトリックな楽器を使うのもありだと思いますが、今回のドラマでそれをするのは興醒めするだけだと思い、戦後しばらく経つまではその時代に使えたであろう楽器を使うという設定だけはしました。

ーー他作品との違いを強いて挙げるとすればどんな点があったでしょうか?

瀬川:他の仕事とちょっと違うとすれば頻繁にNHKに通って録音した帰りに撮影スタジオに見学に立ち寄ることがコロナ禍前まではできたんです。それで小道具さん、大道具さん、照明さんの仕事を間近で何度も見ることができたんです。特にエールの照明さんの仕事ぶりが素晴らしくて同じ裏方としてこのクオリティには絶対負けられないとかなり刺激を受けました。

ーー現場を知ることが音楽制作にも生かされたと。『エール』にはミュージカル界で活躍されている方々をはじめ、役者さんの歌唱シーンが随所にあります。レコーディングなどの際に印象的だったエピソードがあれば教えてください。

瀬川:残念ですが特にエピソードはないんです……。なぜなら皆さん完璧に準備されてくるので、一番多く歌った方でも3テイク程度だったと記憶しています。ですから、いつもあっという間に終わってしまったんです(笑)。柴咲コウさんの録音の時には普段の練習と同じ感じで歌いたいとリクエストがあったので、本人の前にスピーカーを置いてヘッドフォンをせずに歌を録音するという手法を取りました。これは海外では特に珍しいことではないですが、日本ではあまりやらない方法かもしれませんね。柴咲コウさんや二階堂ふみさんは『エール』のために発声の練習に相当時間を割いたと思います。クラシックの発声はポップスのそれとはかなり違うので呼吸の仕方から姿勢に関する身体の使い方までかなりストレスがかかったと思うんです。歌手の方々が見えない所で毎日努力した結果をレコーディングを通して肌で感じられたのは素晴らしい体験でした。久志を演じた山崎育三郎さんは毎回さっと来てさっと歌って帰っていきますが、それを支えている努力を人知れず続けていると思います。

ーー瀬川さんは福田雄一監督作品をはじめとするコメディ作品の音楽を手がけていますが今回の『エール』もコミカルに描かれることもあり、劇中歌も登場人物の特徴を捉えたポップなメロディが印象的です。ただ、その中にも大正や昭和の時代性を感じる懐かしい要素が感じられれるのですが、瀬川さん自身の音楽性をどういった部分で発揮し、また反対にどこで物語の背景を取り入れていれたのでしょうか。

瀬川:難しい質問ですね(笑)。僕は岩手県の出身なのですが、古関裕而記念館から東京に戻る新幹線の車中、福島の風景を眺めながら古関さんも僕もこの同じ線路で上京し、音楽を一生の生業としてみたいと思ってた気持ちは同じだったんだろうなと想像しました。その時の感覚はこの仕事をしてる間中、ずっと持ち歩いてるんです。もし、劇伴の中で懐かしい要素が感じられるならば、それが音として音楽に出てるのかなと思います。自分の音楽性というのは自分では考えたことがないので自覚はありませんが、最初に20曲くらい書いたデモを吉田照幸監督に聞いてもらったときに「風景が見える」とフィードバックがきたので、僕的にはそれが物語の背景を取り入れる事ができてるんだろうな……と思った次第です。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「インタビュー」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる