朝ドラ『エール』はどこまで史実が描かれている? 主人公以外のキャラクターを解説

朝ドラ『エール』はどこまで史実?

 作曲家・古関裕而の生涯をモデルに描いた『エール』(NHK総合)の収録ストップに伴い、主要キャストによる新録副音声と共に再放送が続いている。今週は、裕一(窪田正孝)にとって最初の突破口となる早稲田大学の応援歌が誕生する第8週「紺碧の空」と、“福島三羽ガラス”が集結する第9週「東京恋物語」が放送される。さらに物語が走り出した今、ドラマではどこまで史実に寄せて、あるいはオリジナルのエピソードで描かれているのか。裕一と音(二階堂ふみ)をとりまく個性豊かなキャラクターたちを、実在のモデルと比較しながら振り返ってみよう。

 裕一とは福島の小学校からの幼なじみで、子供の頃からガキ大将だが思慮深く、何かと裕一の尻を叩く存在の村野鉄男(中村蒼)は、近江俊郎の「湯の町エレジー」や島倉千代子の「東京だョおっ母さん」などで知られる作詞家・野村俊夫がモデルだと言われている。ドラマ内で鉄男と裕一は同級生として描かれるが、野村俊夫は古関裕而の5つ年上。同郷で幼なじみというのは史実通りで、幼い頃の野村と古関はよく遊んだ仲だったという。ドラマでは裕一が川俣銀行時代に再会するが、実際は古関が旧制福島商業学校時代に所属していた「福島ハーモニカ・ソサエティー」を介して、新聞記者となった野村と再会した。野村は鉄男ほど貧しい家庭環境ではなく、繁盛していた魚屋の息子だったが、父親が株で失敗してからは学校を中退して独学で俳句や詩を学び、叩き上げで新聞記者になった苦労人だ。

 レコード会社専属作曲家となった裕一から誘われ、鉄男が新聞社を辞めて上京するエピソードは史実通りで、なんと、詩作のかたわら「おでん屋」をやっていたのも史実だそう。勢い込んで上京したものの、当時は昭和恐慌の真っ只中。作詞家としてなかなか食えなかった野村は、おでん屋を営む以前にも職を転々とし「泥棒以外はなんでもやった」と語る。こうしたバイタリティの強さが、鉄男のキャラクターに存分に注入されているようだ。鉄男の力強さが、繊細で迷いがちな裕一の背中を押す場面が随所にあって頼もしい。

 もう1人の幼なじみで子供の頃から神出鬼没、印象的な台詞を残して去っていく妖精のような存在で、やがて美声・美顔をもつ青年に成長した佐藤久志(山崎育三郎)のモデルと言われるのが、のちに古関メロディの「栄冠は君に輝く(全国高校野球大会歌)」や「イヨマンテの夜」を歌ったことで知られ、NHK紅白歌合戦に11回も出場した伊藤久男だ。彼が実際「プリンス」と呼ばれていたか定かではないが、伊藤自身もその愛称ふさわしいほどの色男だった。ドラマの設定とは異なり、同じ福島県出身ではあるが古関裕而とは違う市で生まれ育ったため、同じ音楽学校に通う古関の妻・金子(音のモデル)を介し大人になってから初めて出会った。

 久志はウインクで女子生徒たちを瞬殺するほどのモテ男だが、伊藤は帝国音楽学校を卒業するまで女性に対してたいそう奥手だったという。久志のように裕福な家庭出身の伊藤だったが、音楽の道に進むことを親に反対され、レコード会社の吹き込みのアルバイトなどで学費を稼ぎながら苦心して音楽学校を卒業した。もともとクラシックの道を志していた伊藤が流行歌手になるまでには様々な紆余曲折があり、プロの歌手としてデビューしたのちも長い不遇時代が続いた。そして、奥手だった学生時代からは一変、ギャラが入れば芸者遊びに明け暮れ、酒と女に溺れた。生涯で2度の離婚と3度の結婚を経て、晩年は過度の飲酒による重い糖尿病に苦しんだ伊藤。こうした彼の破天荒さが、“朝ドラサイズ”のフィルターを通し「女性にモテモテのプリンス」というかたちでソフトに変換されている点も面白い。

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