ベルリン映画祭は女優賞・男優賞廃止、アカデミー賞は新ルール導入 ハリウッドの多様性と包摂性
8月末、世界三大映画祭の一つ、ベルリン映画祭が俳優賞から性別をなくすことを表明した。今まで「男優賞」「女優賞」としてきた俳優賞を、2021年開催予定の第71回から「主演俳優賞」「助演俳優賞」に置き換える。その約10日後、米アカデミー賞を主催する映画芸術科学アカデミーが作品賞ノミネート資格の新基準を発表。2025年開催の第96回より、性別・人種・性的嗜好・障がいなど、社会的にマイノリティと位置付けられている人々やテーマを取り込んだ作品に、作品賞ノミネート資格を与える。映画業界に落とされた大きなトップダウンにより、様々な論争が起きている。
ベルリン映画祭のジェンダー・ニュートラルを意識した俳優賞の創設はとてもわかりやすい。ここ数年、各映画祭はインクルージョン(包摂性)政策の一環として、女性監督による作品を多く上映するようになっている。今年9月に行われたトロント映画祭では、観客賞が『ノマドランド』(クロエ・ジャオ監督)、次点は『One Night in Miami(原題)』(レジーナ・キング監督)、そして3位は『Beans(原題)』(トレイシー・ディア監督)と、女性監督作品が並んだ。トロント映画祭はコンペティション部門を持たないため、映画を実際に鑑賞した観客が選ぶ賞が最高賞と考えられている。今年のトロント映画祭で上映された全作品のうち、女性監督もしくは女性を含む監督チームによる作品は46%に上り、観客賞にもその結実が現れた。同様に、イタリアのヴェネチアで開かれていた第77回ヴェネチア映画祭では、コンペティション部門に参加した18作品のうち8作品が女性監督によるもので、ここでもクロエ・ジャオ監督の『ノマドランド』が金獅子賞を受賞している。ベルリン映画祭には、1987年に設立され1992年より正式に映画祭の独立部門賞として認定されたテディ賞があり、映画祭本体の審査員団とは別組織が審査・発表している。2017年には荻上直子監督の『彼らが本気で編むときは、』が審査員特別賞に選ばれた。同様の賞に、ヴェネチア映画祭のクイア獅子賞(2007年創設)、カンヌ映画祭のクイア・パルム賞(2010年創設)がある。作品のテーマや監督の性別に配慮してきた映画祭が次に進むのは俳優賞であり、そして映画祭はディレクターや審査員の哲学を色濃く表すイベントなので、異論は少ない。
一方のアカデミー賞の作品賞候補基準の変更は、様々な議論を生んでいる。映画芸術科学アカデミーが9月8日に発表した新ルールでは、2025年に行われる第96回アカデミー賞の作品賞候補資格に、多様性を考慮した表現や、キャスト・スタッフの包括性を盛り込んだ。前段階として、2021年~24年度はアカデミーが定める規準チェックリストの提出が義務付けられる。2025年度の作品賞のノミネート規準を満たすには、A. 映像に映るもの(テーマ、ストーリー、主演・助演俳優など)、B. クリエイティブ・スタッフ(監督、撮影、美術、衣装、メイクなど)、C. 有給インターン、トレーニングなどの雇用、D. 配給・宣伝・マーケティングなどのビジネス分野の4つのカテゴリーのうち2つ以上で、性別・人種・性的マイノリティ・障がい者などの少数グループを含むことが求められる。AからDのカテゴリーの下にも細かく区分けがされており、作品賞を視野に入れた作品のプロデューサーは今後、リストをくまなくチェックしていかなくてはならない(詳細はアカデミー賞公式サイトにて)。
映画芸術科学アカデミーは、この発表以降にインクルージョンを議題としたパネル・ディスカッションをオンラインで公開している。カテゴリーAに属するキャスティングの多様性について、ハリウッドで活躍するキャスティング・ディレクターたちの対話からは、彼らが映画を作る上で指針にしていることが明かされている。日本では10月9日に公開になる『ラストブラックマン・イン・サンフランシスコ』のキャスティング・ディレクターを務めたジュリア・キムは、2018年の『search/サーチ』でジョン・チョーが演じた父親役がメルクマールになると語る。失踪した娘を探す父親役はアジア系のバックグラウンドを必要とする役ではなく、ジョン・チョーの演技力や表現力がキャスティングの決定打となっている。これを、人種を重視しない配役(Color Blind Casting)と呼び、俳優のポテンシャルと物語や監督のビジョンを引き合わせるのがキャスティング・ディレクターの仕事だと力説。特に監督が脚本も兼ねている場合は気づかぬうちに監督の固定観念にとらわれてしまうことがあり、テーマに普遍性や広がりを持たせるためにキャスティング・ディレクターが視野を広げる働きをする。そして、カリフォルニアのロサンゼルスに育ったキムにとって多人種が共存する社会こそが日常であり、映画にも現在の社会を反映させる必要があると考えるそうだ。『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』(2019年)のキャスティング・ディレクターを務めたヴィクトリア・トーマスは、カテゴリーCの雇用の包摂性に大きな期待を寄せる。テレビや映画業界従事者にはショービジネス家系に育った人も多く、新規参入には知識や経験が必要となる。だがマイノリティにはそれを享受する家庭環境や文化環境にない場合もあり、そこをすくい上げる働きは多くの高等教育機関が行う奨学金制度のように、トップダウンでこそ動き出すものだ。