大林宣彦監督は映画の伝道師だった 遺作『海辺の映画館』まで自由を表現し続けたその功績

2010年代のより“自由”な作品たち

『花筐/HANAGATAMI』(c)唐津映画製作委員会/PSC 2017

 そして2010年代に入ってからの『この空の花 長岡花火物語』(2012年)、『野のなななのか』(2014年)、『花筐/HANAGATAMI』(2017年)は、もはや個人映画、商業映画、テレビといった境界を越えて、大林監督が注ぎ込む圧倒的な映像とメッセージが噴出する凄まじい時代が訪れます。ここには老いや衰えといったものはなく、これまで以上に自由に映画が作り出されていきました。

 『この空の花』から、それまでのフィルム撮影からデジタルへと移行しましたが、これが晩年の大林映画の原動力になったと思います。フィルムではオプチカル処理にかなりの予算が取られたのが、デジタルではかんたんに出来るとあって、全カットにVFX処理が行われ、絵の具を塗り重ねたような色と映像の氾濫が、晩年の作品になるほど激しくなっていきました。

 デジタル撮影が行われるようになった頃、フィルムとデジタルは絵筆の違いだと言われたものですが、実際には――若い監督までもが――デジタルでフィルムの質感を再現しようとする人ばかりでした。そのなかで、大林監督ほどデジタルの特性を駆使して映画を作った監督はいないでしょう。

 晩年の大林監督の姿に、黒澤明監督や新藤兼人監督を重ね合わせることもできるでしょう。若き日のエネルギッシュな作風から、晩年のイノセンスな作風への変化、殊に戦争への警鐘を作品に取り込むところに共通するものがあります。

 また、黒澤監督はオムニバス映画『夢』(1990年)の中で、生き残った兵士が戦死した部隊と遭遇する『トンネル』や原発の爆発によって逃げ惑う人々を描いた『赤富士』を撮り、戦争の記憶と近未来への憂慮を映像化していますが、この映画のメイキングを撮ったのは大林監督です(『映画の肖像 黒澤明 大林宣彦 映画的対話』1990年)。

 新藤監督は遺作の『一枚のハガキ』(2011年)で自身の戦争体験をもとにした作品を撮りましたが、若き日には広島の原爆をテーマにした世界で最初の劇映画『原爆の子』(1952年)を撮っています。さらに『さくら隊散る』(1988年)という広島への原爆投下で命を落とした移動劇団「桜隊」を描いたドキュメンタリードラマの秀作がありますが、大林監督の遺作『海辺の映画館―キネマの玉手箱』に桜隊が登場するところからも、同じ広島出身の新藤監督の影響が見て取れます。実際、大林家が所有する家屋に新藤監督が下宿していた時期もあり、幼少期に「毎週末、活動写真を見た映画館では、隣に新藤さんがいた」(『中國新聞』)と語っています。

『海辺の映画館ーキネマの玉手箱』(c)2020「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC

 こうした先人たちの晩年の仕事を継承しつつ、大林流極彩色の満艦飾映画に仕上がった『海辺の映画館』は、映画館のスクリーンに映される近代の戦争映画に主人公たちが同化して時をかけてゆく物語です。これまで以上に饒舌に映像と言葉が洪水のように押し寄せてくるので、最初に観たときは受け止めきれないほどでしたが、改めて全体を見返してみると、圧倒的な映像に深く感動しました。

 黒澤監督の晩年の『夢』や『八月の狂詩曲』(1991年)、『まあだだよ』(1993年)は、メッセージがストレートに出過ぎている、無邪気すぎるなど、ずいぶん批判が多かったのですが、『海辺の映画館』は、“それの何が悪い?”という大林監督からのアンサームービーになっているような気がします。映画祭で最初に観たときに後ろの席に座っていた有名な撮影監督が、「彼は映画で言いたいことを全部言ったんだね」と感に堪えないような声を漏らしていましたが、自分も全く同じ気持ちでした。

 大林監督は精力的に舞台挨拶やトークショーなどにも出演されており、語り部としても淀川長治さんに次ぐ映画の伝道師だったと思います。それだけに、大林監督の話を聞いたことがあるという人は多いのではないでしょうか。

 個人的に印象に残っているのは、吉祥寺のバウスシアターで行われた爆音映画祭で『HOUSE/ハウス』が上映された時、映画館の中は通路まで若い観客でいっぱいだったのですが、上映が終わると、真ん中の席に座っていた大林監督がおもむろに立ち上がり、映画の成り立ちを静かに語りだしました。とてつもなく大きな音で『HOUSE/ハウス』の世界にひたっていた観客たちは、悪戦苦闘しながら、この映画をどうやって実現させていったのかを語る大林監督の言葉に真剣に耳をすませていました。そのとき、爆音映画祭だけあって場内BGMのミキシングも素晴らしく、ゴダイゴの「ハウスのテーマ」が大林監督の声を邪魔しないように静かに流れていましたが、話が佳境に入ると音楽も大きくなっていくので、さっきまでスクリーンに映っていた映画と、それを観ている映画館が地続きのように感じました。その気分をまた味わうことができたのが『海辺の映画館』です。当初の公開予定日に大林監督は亡くなりましたが、この映画に描かれていることは、終息後の世界に最も必要とされるものだと思います。(談)

■モルモット吉田
1978年生まれ。映画評論家。「シナリオ」「キネマ旬報」「映画秘宝」などに寄稿。

■公開情報
『海辺の映画館―キネマの玉手箱』
近日公開
監督・脚本・編集:大林宣彦
製作協力:大林恭子
エグゼクティブ・プロデューサー:奥山和由
企画プロデューサー:鍋島壽夫
脚本:内藤忠司、小中和哉 
出演:厚木拓郎、細山田隆人、細田善彦、吉田玲(新人) 、成海璃子、山崎紘菜、常盤貴子ほか
配給:アスミック・エース
製作プロダクション:PSC
製作:『海辺の映画館-キネマの玉手箱』製作委員会
(c)2020「海辺の映画館ーキネマの玉手箱」製作委員会/PSC
公式サイト:https://umibenoeigakan.jp/

 

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