『チェルノブイリ』など人気海外ドラマを手がけるスターチャンネル制作陣が語る、吹替版をめぐる状況
スターチャンネルにて独占日本初放送されている、原子力発電所の未曾有の事故をリアルに再現した衝撃の実録ドラマ『チェルノブイリ』。ネット上では、緻密なドラマの完成度の高さに毎話反響を呼んでいる。スターチャンネルは、『ゲーム・オブ・スローンズ』、『ウエストワールド』などのHBO(R)作品をはじめとした最新の海外ドラマを放送するにあたって、自社で制作する字幕や吹き替えにも力を入れてきた。今回、『チェルノブイリ』の吹替版の制作を担当したスターチャンネルの上原行成氏と演出を手掛けた東北新社の久保宗一郎氏にインタビューを行い、吹き替えドラマ作りの現場の裏側や、現代の吹き替え版をめぐる状況についても語ってもらった。(編集部)
「映像の中に生きているように吹替版を作りたい」
――スターチャンネルでは、海外ドラマの字幕版の制作はもちろん、吹替版の制作にも、かなり力を入れているようですね。
上原行成(以下、上原):そうですね。ただ、それはあくまでも私自身の思いとして、吹替版で何か新しいことができないかと、個人的に模索しているものです(笑)。なので、そこまで大げさなことではないんですけど、今回の『チェルノブイリ』の吹替版も、それの延長線上で制作したいと考えました。
――その“新しいこと”というのは、具体的にはどんなことになるのでしょう?
上原:やはり、外画の日本語吹き替えにはすでに長い歴史があって、みなさんテレビやソフトで、それを楽しんできているわけですが、そこにもう少しリアリティが出せないかと思っていて。いわゆる“時代もの”であれば、多少台詞に常套的な表現があっても逆に馴染むこともあると思うんですが、現代劇においては、普段我々が耳にする言葉、実際にしゃべる言葉を、もっと台詞の中で再現できないかなと。逆の言い方をすれば、「~だわ」「~さ」など劇セリフとしては聞きなれているけれど、実際の日常会話では耳にすることはほとんどない言い回しを排除することで“リアリティ”を増幅できないか、と。それが、観ている方々に明らかな違いを感じさせるものになるかどうかはわからないですけど、「この吹替版は、何かしっかりくるな」とか、ジワジワとボディブロウのように感じてもらえたらいいなと思いまして。
――違和感なく、そのリアリティを感じられるものというか。
上原:もちろん、声優さんの演技なども吹替版の面白さに繋がってくるんですが、その台詞の言葉遣いやひと言ひと言のこだわりも、その面白さのひとつの要素にできないかなと。そのためには、翻訳台本を作る段階から、言い回しなどを綿密にチェックするとか、リアリティのある言葉遣いにしたいということを現場のスタッフと共有する必要があります。『チェルノブイリ』は、ドキュメンタリーのような緊迫感があるため、これまで試みてきた“リアリティの追求”をさらに本格的にやってみる、ひとつのいい機会だと思いました。それで、実際の制作に入る前に、吹替版の演出を担当する久保さんにお時間をいただいて、入念な打ち合わせをしました。
久保宗一郎(以下、久保):上原さんからは、具体的な作業に入る前に、リアリティを重んじるという今回の吹替版の方向性をご説明いただきました。僕は吹替演出の仕事を20年以上やってきましたが、リアリティを重んじる流れは、実は10年以上前からあります。洋画の吹替版を作るときに、本国のスーパーバイザーの方がやってきて、「なんでこの台詞を、こんなに大きな声で言うんだ?」とか「この人は、なんでこんなにマッチョな声を作って演技しているんだ?」って言ってくるみたいなことが結構あって。
――ああ、なるほど。
久保:先ほど上原さんが、日本語吹き替えには長い歴史があるとおっしゃいましたけど、吹き替えの芝居って、いわゆる“様式美”みたいなものがあるじゃないですか。台詞の抑揚のつけ方やちょっと声を張って話す感じ、台詞で言ってない部分を、声優さんの芝居で表現するという。あと、キャラクターづけの部分でも、わかりやすくするために、太っている人はこういう声とか、痩せている人はこういう声とか……。
――わかります(笑)。
久保:そういう様式美的なものは、海外の人たちからすると、「なんでこんなことをやっているんだ? もっと普通の芝居をしてくれ」ということになるんです。で、それに対して、声優さんからも、ちょっとした反発もあって……というようなことが、実は10年以上前からずっと続いているんですよね。
――そのあいだに入っている久保さんが、その板挟みになるという。
久保:そうなんですよ(笑)。ただ、今回の『チェルノブイリ』の場合は、先ほど言ったように、上原さんのほうから「この作品は、究極のドキュメンタリーだ」という話が事前にあって。このドラマの登場人物は全員実在の人物なので、やっていた仕事や亡くなった日など、全部はっきりしているんです。そういう一般の人たちの生活を切り取るというか、映像の中に生きているふうに吹替版を作りたいと。
そのためには誇張的な芝居ではなく、自然な芝居を意識しました。それをどこまでやるかは、いつも悩むんですが、今回は上原さんのほうから、「徹底的にやりましょう」ということだったので、そういう芝居ができるベテランの方々を中心にキャスティングしていきましたね。長いドラマだと、最後まで観ることができないうちに、吹替版の制作が始まることもありますが、今回は全5話という短いシリーズで最後まで全部そろっていたので、一本の長い映画のようにキャスティングできたのは、すごく良かったですね。