『チェルノブイリ』など人気海外ドラマを手がけるスターチャンネル制作陣が語る、吹替版をめぐる状況

『チェルノブイリ』吹替版制作の裏側

「無意識のうちに気持ちを持っていってくれる音楽」

ーーなるほど、そういうこともあるわけですね。ちなみに、お二方は実際この『チェルノブイリ』というドラマをご覧になって、率直にどんな感想を持ちましたか?

久保:これは大変な作品だなと思いました。単に「良かった」とかそういう感じではなく、悲しみや怒りなどいろんな感情が渦巻いて、観終わったあとにどこに自分の気持ちを持っていっていいのかわからないっていう。

上原:気持ちの持っていきどころがないというのは、私も感じましたね。ただ、今実際にドラマを観てくださった方々もSNSで言っていますけど、「下手なホラーよりもホラーだ」みたいなところがあって。ホラー、スリラーとして、非常に面白いドラマになっていますよね。特に、2話目のラストなんて「もう、次どうなるの?」っていう。チェルノブイリの事故の悲惨さだけではなく、そういう部分でも引っ張られて、一気に観てしまったところがあったかもしれないです。

久保:あと、音楽がものすごく良かったです。無音の状態も効果的に使われているんですけど、無音かと思っていたら、実は音楽がずっと流れていた部分も結構あって。そういう繊細な音楽の使い方をしているんですよね。

上原:今話題の映画『ジョーカー』も手がけているヒドゥル・グドナドッティルが、このドラマの音楽を担当しています。さきほどの久保さんの“襖越し”の話にも似ていますが、BGMも「あ、ここで音楽が鳴って、盛り上げているんだな」と視聴者に意識されてしまったらもうダメなんですよね。BGMを意識させないBGMというか。意図的にヒットナンバーをちりばめたような映画やドラマもありますけど、そうじゃないBGMとしての音楽というのは、それを意識させないものが実はいちばん良くて。僕は観ている最中、音楽を意識することがほとんどなかったんですよね。でも多分、無意識のうちに、音楽にすごく気持ちを煽られていたんだろうなと思います。

――そういう意味では、吹き替えとちょっと似ているかもしれないですよね。視聴者に違和感を持たせないものが、いちばんしっくりくるっていう。

久保:そうかもしれないですね。僕が良かったって言っているのは、このメロディが良かったとかそういう話ではなく、無意識のうちにちゃんと気持ちを持っていってくれるような音楽だったということなんです。この作品、台詞がなくて、実は音楽だけが流れているシーンが、ものすごく多いんですよ。通常のアフレコの場合はそういう部分はどんどん飛ばしてしまうんですけど、今回はちゃんと全部現場で聴いていました。次の台詞まで2分ありますっていうときも、じーっと音楽だけを聴いて。そうすると、どんどん気持ちが入っていくんです。

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――そんな苦労の末に生まれた今回の吹替版の仕上がりについて、お二方はどのように感じていますか?

久保:いろいろと新しいチャレンジをしているので、「自信作です」っていうのとはちょっと違って、正直「こういう感じは、どうでしょうか?」っていうのが、いちばん近いかもしれないですね。もちろん、すごく手間暇は掛けているんですけど、作品というのは、基本的には観てくださる方々のものだと思っているので。

上原:僕も久保さんの意見と近くて「最高の仕上がりです」っていう感じとは、ちょっと違うんですよね。ただ、最初に言ったように、これまでずっとリアリティにこだわりながら吹替版を作ってきた中でも、そのトップを目指したいという気持ちで作ったので、その手応えは感じています。ただ、それが観てくれた方々に、どこまで意識してもらえるかは、わからないですよね。パッと聴いて歴然とした違いのある吹替版というのは至難の業ですし、意識せずに観て「あ、なんか良かったかも」というのが、やっぱり理想なので。

久保:吹き替えは、突き詰めれば本当にキリがないですからね。今回は、翻訳の言葉遣いと声優さんの演技を意識的にやりましたけど、本当はそのあとのダビング(音響ミックス作業)もすごく大事です。このドラマをやっている途中で、一本別の、劇場公開される洋画の吹き替えをやったんですけど、『チェルノブイリ』でやってみたことを試してみようと思って、声優さんにすごく抑えた芝居をやってもらったんですね。その映画は、日本語でアフレコしたものを海外に送って、向こうでミックスしてもらうんですけど、それが返ってきたときに、「やった」って思ったんです。抑えて抑えて録った日本語の台詞が、他の効果音などのバランスと、すごいしっくりきていた。これからの吹き替えは、きっとそういうところも求められていくと思います。


――なるほど。そういう意味で、今回の吹替版の“聴きどころ”というと?

上原:実はこの作品は、リアルな緊迫感を体験するには、生の俳優の演技が味わえる字幕版がふさわしいという思いもあり、当初、字幕版のみで放送する予定でした。しかし、作品の素晴らしさと、やはり吹替版での視聴に慣れた海外ドラマファンのニーズに応えるべきだという思いから、吹替版も制作することにしたという経緯があります。そのため、制作が先行していた字幕版とは、一部異なる箇所が吹替版にはあります。第2話で町に避難勧告のアナウンスが流れる長いシーンがありますが、ここはもともとロシア語で、スクリプトにも記載されていませんでした。そのため字幕版では翻訳字幕を付けることができず、何を言っているのが分からないのですが、あとで吹替版を制作する段階になって、当時のアナウンス音声に英語の字幕が付いた映像をたまたま発見し、それを元に日本語翻訳し、吹き替えることができたんです。それによって、日本語セリフで進行していたドラマが急にロシア語になって意味不明、という事態を回避することができたのは良い収穫でした。久保さんには「決してウグイス嬢のような美声にしないでください」とお願いしましたね(笑)。

久保:僕自身も昔からそういうのは結構気にするほうなんですよね。よく、警察無線とかが妙に緊迫感のある感じになっていたりするけど、本当は普通のテンションでしゃべっていたり。なので、そのアナウンスの部分も、すごく気を付けて吹き替えをつけていったので気にしてもらえたら嬉しいですね。

海外ドラマ『チェルノブイリ』 

(取材・文=麦倉正樹/写真=服部健太郎)

■放送情報
『チェルノブイリ』(全5話)

BS10スターチャンネル
【STAR3 吹替版】11月16日(土)23時15分~29時40分※全5話一挙放送

Amazon Prime Videoチャンネル
「スターチャンネルEX -DRAMA & CLASSICS-」
※字幕版・吹替版 配信中

※BSスカパー!で第1話無料放送決定!
吹替版11月10日(日)21時

監督:ヨハン・レンク
脚本:クレイグ・メイジン
製作総指揮:キャロリン・ストラウス ほか
出演:ジャレッド・ハリス、ステラン・スカルスガルド、エミリー・ワトソン、ポール・リッター、コン・オニール、デヴィッド・デンシック、アダム・ナガイティス、ジェシー・バックリー

(c)2019 Home Box Office, Inc. All Rights Reserved. HBO(R) and related channels and service marks are the property of Home Box Office, Inc.

公式サイト:https://www.star-ch.jp/drama/chernobyl/sid=1/p=t/

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