菅田将暉の涙の熱演が訴えるメッセージ 『アルキメデスの大戦』“戦艦大和”のロマンと矛盾を描く

『アルキメデスの大戦』菅田将暉の涙の熱演

 最初は彼のことを疎んじながら、その才能と情熱に感化され、やがてそのよき協力者となっていく櫂の世話係・田中正二郎少尉(柄本佑)をはじめ、その信念に次々とほだされてゆく人々。そして、旧態然とした組織のなかで、自らの野望や出世、あるいは保身に縛られた上層部の人々という構図。それは、現在放送中のドラマ『ノーサイド・ゲーム』(TBS)をはじめ、これまで数々の作品がドラマ化・映画化されてきた、池井戸潤の小説世界を彷彿とさせると言えるだろう。というか、いわゆる“戦争もの”が得意とするアクションシーンではなく、その“会議”を主戦場とした、言わば“サラリーマンもの”としての面白さが、実は本作の何よりの醍醐味なのだ。

 けれども、多くの人々が当初から気になっているであろうポイントがひとつある。そう、「数学によって大和の建造を阻止しようとした男」とは言うものの、現代に生きる我々は、実際に大和が建造されたこと、そしてそれがたった一回の実戦運用の末(しかも、それは特攻作戦だった)、九州南方海域の坊ノ岬沖海戦で撃沈されたことを知っているのだ。菅田将暉演じる“櫂直”という人物はフィクションではあるけれど、本作のなかで繰り広げられる、ときに快哉を叫びたくなるほどの彼の活躍は、果たして何を意味しているのだろうか。それは、いわゆる“会議もの”としてのクライマックス、自らがはじき出した数式を黒板に長々と書き連ねながら、己が理論を整然とプレゼンテーションする菅田将暉の熱演のあと、唐突に訪れる。そう、この物語は、終盤一気に反転し、“理性”と“感情”が交錯する、とても奇妙な結末を迎えるのだった。そのラストシーンで菅田将暉が見せる、得も言われぬ表情と、その頬を伝う涙。それは果たして、我々の心に何を訴えかけているのだろうか。

 思い返せば、木村拓哉主演の映画『SPACE BATTLESHIP ヤマト』で、すでに一回、別の“大和”――“戦艦ヤマト”を実写化したことのある山崎貴監督が、百田尚樹原作の小説の映画化である『永遠の0』で“特攻隊”を、とても感傷的に描いた彼が、奇しくも「ロマンに殉ずる美学」ではなく、リアリズムに打ちのめされる若者の姿を描くことになった『アルキメデスの大戦』。それは、冒頭に挙げた原作者・三田紀房の発言ではないけれど、戦艦大和の建造から80年以上経った今もなお、巨額を投じて行われる国家的プロジェクトに付随する、ある種の不透明さと、それに関わる者たちのさまざまな思惑、さらには、我々日本人が今もなお、“戦艦大和”に象徴されるような巨大建造物に相も変わらず抱いているロマンと幻想、そして矛盾──“理性”と“感情”が入り混じった人間存在の複雑さと困難を、改めて浮き彫りにしてみせるのだった。その意味で本作は、確かに今、この2019年において観る意味のある一本となっている。是非、その目で確認してもらいたい。

■麦倉正樹
ライター/インタビュアー/編集者。「リアルサウンド」「smart」「サイゾー」「AERA」「CINRA.NET」ほかで、映画、音楽、その他に関するインタビュー/コラム/対談記事を執筆。Twtter

■公開情報
『アルキメデスの大戦』
全国東宝系にて公開中
原作:三田紀房『アルキメデスの大戦』(講談社ヤングマガジン連載中)
監督・脚本・VFX:山崎貴
出演:菅田将暉、浜辺美波、柄本佑、笑福亭鶴瓶、小林克也、小日向文世、國村隼、橋爪功、田中泯、舘ひろし
配給:東宝
(c)2019映画「アルキメデスの大戦」製作委員会 (c)三田紀房/講談社
公式サイト:http://archimedes-movie.jp/

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