かつて日本が辿ってきた道ーーオムニバスアニメ『詩季織々』の懐かしさの正体
日本社会が辿った道
育った町並みが壊されてゆく寂寥感は、高度経済成長時代の日本にも通じる感覚だろう。ハオリン監督は、インタビューで、この映画の製作動機を「失われてゆくものを美しいアニメーションで残しておきたかった」と語っている。(参考:新海誠監督への愛とリスペクトに満ちた「詩季織々」リ・ハオリン監督インタビュー|アニメ!アニメ!)
中国の急速な経済発展は、世界の経済に多大な影響を与えている。それに伴い国際政治の舞台でも中国の存在感は、良きにつけ悪しきにつけ増している。ここ数十年、中国はものすごい勢いで大国としての地位に上り詰めた。
しかし、そうした派手な情報に隠れた、中国の人々の地に足ついた思いを知る機会はとても少ない。政治的軋轢で、日本からはそうした中国に暮らす人々のリアルな感情が見えにくくさえなったかもしれない。
本作が描くのはまさにそうした地に足のついた生活と感情である。そこには経済成長の恩恵ばかりではない、失われてゆくものへの寂寥感がある。
このことは、我々日本人にとっても思い当たるものだ。高度経済成長で失った独自の風景や文化が日本にもたくさんあったはずだ。経済が停滞した現在でも、地方のショッピングモール化は止まらず、かつてあった「色」のようなものが失われてゆく。
この映画はストレートに郷愁を描いた作品であると同時に、日本がかつて辿った道を描いてもいるので、日本人にとって二重に懐かしい。その懐かしさを踏まえて、「衣食住行」の「行」の描き方が素晴らしいと筆者は思っている。「行」のパートは失ったものを嘆くばかりではなく、前向きな希望に満ちているからだ。
古い建物は残せないが、映画でなら人々の感情とともに記録しておける。感情の記録こそが物語の機能であり、失われてゆく景色とともにそれを語ることは、視覚メディアたる映画が果たしてきた社会的役割だ。10年後、20年後と時とともにますます価値の高まる作品であろう。
■杉本穂高
神奈川県厚木市のミニシアター「アミューあつぎ映画.comシネマ」の元支配人。ブログ:「Film Goes With Net」書いてます。他ハフィントン・ポストなどでも映画評を執筆中。
■公開情報
『詩季織々』
テアトル新宿、シネ・リーブル池袋ほかにて公開中
主題歌:ビッケブランカ「WALK」(avex trax)
配給:東京テアトル
2018年/日本/カラー
(c)「詩季織々」フィルムパートナーズ
公式サイト:http://shikioriori.jp/
『陽だまりの朝食』
監督:イシャオシン
作画監督:西村貴世
音楽:sakai asuka
キャスト:坂泰斗、伊瀬茉莉也
『小さなファッションショー』
監督:竹内良貴
作画監督:大橋実
音楽:yuma yamaguchi
キャスト:寿美菜子、白石晴香、安元洋貴
『上海恋』
監督:リ・ハオリン
作画監督:土屋堅一
音楽:石塚玲依
キャスト:大塚剛央、長谷川育美