『侍タイムスリッパー』の快進撃は2024年の“事件”に “時代劇への愛”がもたらしたもの
2024年の日本映画界のトピックを一つ挙げるとき、間違いなく入るのが“『侍タイムスリッパー』の快進撃”だろう。
安田淳一監督が全財産をはたいて捻出した制作費2600万円のインディーズ映画が8月にミニシアター1館のみで封切られると、瞬く間に評判が広がって全国340館超に公開が拡大。興行収入2億円超えの大ヒットとなったのだ。まさしく快挙である。
あらためて物語を振り返ってみよう。完全にネタバレで紹介する。
時は幕末、会津の侍・高坂新左衛門(山口馬木也)が長州の山形彦九郎(庄野﨑謙)を暗殺しようと刃を交えた瞬間、時代劇の撮影所にタイムスリップしてしまう。助監督の優子(沙倉ゆうの)らの助力もあって、新左衛門は斬られ役として生計を立てていく。
やがて彼の前にスター俳優の風見恭一郎(冨家ノリマサ)が現れる。風見は時代劇の復権を賭けた一作に、新左衛門を抜擢。風見の正体は、30年前にタイムスリップしていた山形だった。彼もまた斬られ役として生計を立て、スターにのし上がっていたのだ。逡巡の末、引き受けた新左衛門は、クライマックスの一騎打ちで竹光ではなく本身(本物の刀)での立ち回りを提案する――。
「現代に侍がタイムスリップする」というオーソドックスな物語ではあるものの、カルチャーギャップから生じる笑いはそれほど大きくはない。むしろ、新左衛門を受け入れる現代の人たちの優しさと、「自分は侍だ」と騒ぎ立てず現代に順応していく新左衛門の様子がとても心地良い。「そんなバカな」とツッコミを入れたくなる部分もあるが、それよりもおおらかな京都の人たちの振る舞いと、ショートケーキを口にして「良い国になった」と目を潤ませる新左衛門の心根の美しさ、優しさが印象的だ。なにより、どんな状況に置かれても精一杯生きようとする新左衛門の姿勢が観る者の心を打つ。
本物の侍が時代劇で斬られ役になるという入れ子構造も面白さの大きな要素だ。さらに時代劇の中で新左衛門と風見が真剣で斬り合うことになり、もう一つの入れ子構造ができる。本作はインディーズ映画ながらブームを巻き起こした『カメラを止めるな!』と同じく「映画作り映画」だが、真剣の斬り合いの場面は「時代劇」へと変貌する。現代劇のパートでほのぼのとしていた観客の我々は、クライマックスであらためて時代劇の迫力と凄みを味わうことになる。
そう、本作の全編を貫いていたのが「時代劇への愛」だ。安田監督が執筆した脚本の面白さに、時代劇の聖地である東映京都撮影所が全面的に協力を申し出て、インディーズ映画では実現不可能な時代劇の撮影が可能になったのも、時代劇への愛が本物だという証明である。