『ウエストワールド』落合陽一インタビュー
“現代の魔術師” 落合陽一が語る、近未来SFドラマ『ウエストワールド』と現代テクノロジーの親和性
「“AIの反逆”を考えるとき、時間のスケールの捉え方は重要」
ーーこの作品で描かれる“AIの反逆”は、世界中で議論に上がるホットな話題です。落合さんはどのように考えていますか?
落合:僕は、AIが人間に反逆する可能性は少ないと思っています。こういうテーマを考えるときに時間のスケールはすごい重要で、インターネットの寿命は人間の寿命と比較できないくらい長いと思うんですね。インターネットが便利なものであり続ける限り、ずっと残り続けると思うので。つまり、半永久的に存在し続けるインターネットやAIからすれば、寿命が約80年前後の人間の存在は微々たるものでしかないわけで、それをわざわざ殺したりはしないだろうと。
この『ウエストワールド』の特徴的なところは、自分のことを人間だと思っているAIが、同じ毎日を繰り返しているところです。この空間では、人間とAIの時間の尺度が同じ感覚で描かれているから反逆行動をとるのかもしれませんが、現実ではふたつの時間の尺度が同じになることは、まずないんですよ。仮に人間があの空間に閉じ込められて永遠のループを体験したら、その世界をどう崩そうか考えるのは普通のことですよね。それがたまたまAIなのか、人間なのかの違いで、そもそもウエストワールドの構造が反乱を起こしやすい作りになっていると思いました。ただ、故障によって害を及ぼすことはあると思います。AIも機械なので、故障やバグが当然あって、身の回りでも“siri”や“りんな”が不調なことはありますよね。
ーー本作では、ロボットが風景画を描くシーンがありました。機械が人間と同様にオリジナルのものを生み出すことは可能でしょうか?
落合:絵を描くのは問題なく出来ると思いますよ。そもそも、人間が言うオリジナルの定義が曖昧ですよね。近年、インターネットの普及によって、オリジナルと言われていたものが実はコピーやアレンジであると、世間にバレやすくなりました。巧妙なパクリなのか、陳腐なパクリなのか、そこに大きな差はありますが、細かく分解していけば真の意味でオリジナルと言える作品は少ない。
ーー蓄積されたアーカイブから取り出し、それを組み合わせて新しいものを作っていく。そこは、AIが機械学習によって得た情報を駆使して、話したり、ものを書いたり、映像を組み合わせたりするのと似ていますね。
落合:ただ、人間と対話できるくらいの知能をつけるには、きっと情報量があと10年分くらい足りないと思います。でも、グーグルやフェイスブックなど、AI研究に力を入れている企業に集まってくる情報は膨大な量だろうし、このままみんながスマホを使って情報や写真をアップロードし続ければ、10年もかからずに実現できるかもしれません。
ーーAI技術がさらに発展していくと、私たちの身近にはどんな影響がありますか?
落合:人間はテクノロジーの近くにある仕事を“雑用”って呼びます。たとえばエレベーターで行きたい階のボタン押すことや、洗濯機を回すことなど、機械のお守りをすることはいわゆる雑用に近い作業だと思います。つまりテクノロジーが広がっていくことで、まわりに雑用っぽいものが増えていくんですけど、その雑用をAIがどんどん引き受けるようになる。秘書はスケジュール管理のためにいると思うんですけど、最近はメールや予約機能がどんどん賢くなってきていて、予定メールやチケット予約を入れると、自動でカレンダーにスケジューリングされていきます。それがもっと完璧になってくると、予定管理に時間や人員を割くことはなくなるでしょうね。
レコメンドシステムもかなり精度を上げてきていると思います。アマゾンでは興味のない商品がまったく出てこないし、フェイスブックも関係の薄い友達の投稿はほとんど出てこない。良い悪いは一概には言えないけれど、ある意味、知らないうちに機械に操作されていると言えなくもないですよね。
ーーたしかに。単純な作業やスケジュール管理は引き受けてくれる可能性がありますね。最近は、IBM Watsonが人間に替わってガンを発見した、というニュースも話題になっていました。
落合:医療系に関しては、より庶民的になってくると思います。近頃は、電子カルテの研究も進んでいるんですけど、自然言語の部分がネックになっているみたいですね。カルテの最後に記入する自由記述のところに重要な情報が記載されるのですが、そこからどうやってデータマイニングするのかが鍵だと、メディカル系の論文でも議論されていました。
あと、車の自動運転は、技術的にはすでに実用化レベルまで到達していますね。事故を起こす確率も人間より低いと思います。たとえば、子供が飛び出してきた時に人間はブレーキングするまでに0.2秒かかるんですけど、機械だったら0.2秒もかからないので、そういう観点から考えると決められた動作をする前提では自動運転の方が安全といえますよね。ただ、リスクに対応する力が少し人間に劣るのと、なにより法律を整備する必要があります。自動車だけに限った話ではないですが、万が一のことが発生した時の法的処置の指針が決まれば、実用化はぐっと近くなると思います。
「ジョニー・デップみたいなベテラン俳優を取り込んだAIを作れば面白い」
ーー作品内のテクノロジー描写で気になるところはありましたか?
落合:科学考証的な面では、序盤に出てくる3Dプリンターの描写はよく出来ていると思いました。ロボットアームを使い、巨大な3Dプリンターで膜を作って、骨組みに外装として貼り付けていく。これは現代でもすでに使われている技術ですね。現状3Dプリントのロボットってほとんどないんですけど、シリコンで作っていく過程は概ね合っていると思います。
最近、僕の研究室でも3Dプリンターで、ロボットの骨格を作る研究をしています。それにサーボやアクチュエータを配置していくのですが、その配置問題をコンピューターで解くことができれば、自動でロボットを作るためのソフトウェアができてくるんですよ。その研究がさらに発達していくと、こういうテーマパークにいるアバターのような存在をどう配置していくのかも、徐々に分かるようになってくると思います。
あと、地下でアンソニー・ホプキンスがアンドロイドとお酒を酌み交わしているシーンも印象深いです。アンドロイドが飲み終わったあとに、自分から袋状のケースに入っていくのは、妙にリアリティがあると思いました。このアンドロイドが自己再生するかはわかりませんが、ホコリや劣化を防ぐために自分からケースに入るのは当然だな、と。アンドロイドって新陳代謝が起こらないので、けっこう埃っぽくなるんですよね。
ーー本作のアンドロイド描写は近い未来に実現するのでしょうか。
落合:現状のロボットの問題として、モーターや金属骨格から生じる音がうるさいことがあります。筋肉の優れているところは音がしないところで、それがロボットでも可能になるのはすごく魅力的な未来だなと感じました。外装的な部分でいうと、人間から見た時に人間かアンドロイドか見分けをつかなくすることは、比較的やりやすいのかな、と。実際、暗いところに蝋人形がいたら、普通に人間に見えますしね。日本でも石黒浩先生が、マツコロイドや自分にそっくりのアンドロイドを作っているのですが、これからはより人間に近づいてくると思いますね。人間の皮膚の内面では内部反射という作用が働いていて、それで皮膚に赤みが出てきたりするのですが、今後はコンピュータグラフィックスを使って、そこをもう少し調整できるようになると思います。
ーー『ウエストワールド』に出てくるようなアンドロイドを作るのには、もうしばらくかかると。
落合:個人的には、人間をモデリングすればいいと思うんですけどね。モーションキャプチャーで人間の動きをCGに取り入れることはあるんですけど、人間の考え方やしゃべり方はあまり取り入れられてないと思います。つまりAI俳優みたいなものはいない。たとえばアンソニー・ホプキンスやジョニー・デップみたいなベテラン俳優を取り込んだAIを作れば面白いんじゃないかと。脳の機能を完全に移行するのは難しいけど、限りなくジョニー・デップに近い振る舞いを行うAIは作れると思います。『ウエストワールド』の中では、アンドロイドに自意識が芽生えていくみたいだけど、現実世界でAIが自分自身を理解するようになるのはまだまだ先の話で、それこそディープラーニングや深層学習という分野で研究されていくんでしょうね。