医療SFスリラー『セルフレス』で本領発揮! インド出身の俊英、ターセム・シン監督インタビュー
20代半ばに故郷インドから渡米。ミュージックビデオ、コマーシャルの世界で確固たる地位を築き、『ザ・セル』(2000年)、『落下の王国』(2006年)と、仮にストーリーは観た後すぐに忘れ去られたとしても、その驚愕の映像美を観客の脳裏に刻みつけてきたターセム・シン監督。近年はファンタジー系の作品でその持ち前の先鋭的なビジュアル・センスを発揮してきたターセムが、本作『セルフレス』で久々に現代の世界、そしてリアリズムの世界へと戻ってきた。
名優ベン・キングズレー演じる富豪の老人が、ある先端医療によって「俺ちゃん」ことライアン・レイノルズ演じるリア充男へと生まれ変わるこの奇想天外な物語を、「リアリズム」と呼ぶには語弊があるかもしれないが、ターセムは本作を得意のファンタジーとしてではなく、あくまでも現実世界の延長として描いている。そこで参照したのがロマン・ポランスキーの往年のスリラー作品だと聞けば、映画好きならワクワクせずにはいられないだろう。これまであまり明らかにされることのなかった映画的なバックグラウンドから、ハリウッドでインド人として活躍していることの意義まで、インタビューでの話題は多岐にわたった。(宇野維正)
「ポランスキーの作品の感受性や感覚は、大きなインスピレーション」
——『セルフレス』、素晴らしかったです。いきなりこんなことを言ったら失礼かもしれませんが、個人的にはあなた監督作の中でベストと言える一作なんじゃないかと。現代を舞台にした作品は、映画だと長編デビュー作でもあった『ザ・セル』以来になると思いますが、もしかしたらあなたはファンタジーや歴史劇よりも現代劇の方が得意としているんじゃないかと思ってしまったのですが。
ターセム:君の意見に同意できるかは別として、それはそれで嬉しい感想だね(笑)。実際、今回の作品は作っていて本当に楽しかったんだ。自分のクリエイターとしてのDNAは、どちらかと言うとファンタジー的な作品に惹かれる傾向があるんだけど、実際に制作をしている時は、こういう現代を舞台にした現実的な物語の方が楽しかったりもするものなんだよね。
——プロデューサーのラム・バーグマンは、あなたが本作を撮るにあたって、ロマン・ポランスキーの60年代、70年代のスリラーからヒントを得たという話をしていました。具体的に、ポランスキーのどの作品のどういうところからインスピレーションを得たのか教えてもらえますか?
ターセム:ポランスキーの作品における、ある種の感受性や感覚というものは、自分にとって大きなインスピレーションであり続けていた。それは、悪魔が登場する『ローズマリーの赤ちゃん』でも、リアルなサスペンス劇の『チャイナタウン』でも共通していて。例えば悪魔のようなファンタジックな題材を扱う時でも、ポランスキーはとても地に足が着いた、リアリティのあるアプローチをしていく。僕自身は、自分のインドという文化的なバックグラウンドもあって映画では派手な方向に振れる傾向があるんだけど、今回はあの頃のポランスキーの作品、特に『チャイナタウン』や『テナント/恐怖を借りた男』などのスリラー作品をベースに作品のプランを考えていったんだ。彼の作品に比べると、『セルフレス』にはよりモラルについての生真面目な問いかけがあるけれど、根本的には「セルフレス」もスリラーだから、彼のアプローチはとても参考になったね。
——あなたの作品はいつも誰にも似てないユニークなアイデアとビジュアル・イメージが印象的なので、ポランスキーに関する言及はちょっと意外でした。故郷のパンジャーブ州ジャランダルからアメリカに渡ったのは24歳の頃とのことですが、インドで、そしてアメリカに渡ってから、どのような映画体験をしてきて、どのような作品に傾倒してきたんですか?
ターセム:実は20代前半まで、僕にはあまり映画の知識はなかった。小さい頃にはイランにも住んでいたんだけど、そこでは自分の分からない言語の字幕が映画に付いていたから、なおさら多くの作品に出会う機会がなかったということもある。20代になってから、映画学校に行って初めていろんな映画監督の作品を観ることになって、一番自分の感覚と近かったのが、ポランスキーをはじめとするポーランド出身の作家たち、それからタルコフスキーのようなロシアの映画作家だったんだ。不思議なことに、東欧やロシアの映画作家の作品を観て、自分の母国であるインドのボリウッド、あるいはハリウッドの作品よりも、僕自身の映画言語に近い言語を話していると感じた。そういう意味では、自分の映画への目覚めはとても遅いと言えるだろうね。あと、観るのが好きな作品と、作ってみたいと思う作品というのが、これまでちょっとズレていたんだ。スリラー作品を観るのは昔から大好きなんだけど、今回の『セルフレス』が自分にとって初めてのスリラーだからね。もしかしたら、女性のどういうところを美しく感じるのかと、結婚相手に何を望むのかが違うということと、ちょっと近いのかもしれない(笑)。