日本の未来は半導体と自動運転開発にかかっている? 船橋洋一 × 後藤達也『戦後敗戦』スペシャル対談


元朝日新聞社主筆のジャーナリスト・船橋洋一と経済ジャーナリスト・後藤達也によるスペシャル対談が、6月12日に新宿の紀伊国屋ホールにて開催された。これまで数々の著作で学術賞やノンフィクション賞をおくられてきた船橋の新たな代表作となりうる近刊『戦後敗戦』(実業之日本社)をきっかけにしたイベントである。トークテーマは「『戦後敗戦』の深層。ネット敗戦の正体と、AI総力戦の現在地」だ。
『戦後敗戦』は、冷戦後の日本におとずれた「失われた20年(あるいは30年)」を1945年に次ぐ二度目の敗戦と位置づける書籍。そのうえで、分岐点となった7つの国家危機(石油危機、プラザ合意、半導体敗戦、湾岸戦争、ネット敗戦、尖閣ショック、福島原発危機)と対応プロセスを徹底的に分析し、これからの日本が戦略と統治を作り直すための教訓を引き出す。ある意味で、かつての日本軍の失敗プロセスを分析した名著『失敗の本質』(中公文庫)の現代版とも言える重厚な一冊となっている。
今回のイベントで大きく取り上げられた「ネット敗戦」は、7つの事例のうちもっとも現代的なもののひとつだ。影響も甚大で、同書で船橋は「「戦後敗戦」のうちで、インターネットの国際競争における敗戦ほど決定的な敗戦はない」としている。当日は、世代の異なるふたりのジャーナリストが最先端の情勢分析もふまえて日本の進むべき方向を語り合い、キャパシティ400名以上の紀伊国屋ホールを埋め尽くした聴衆が熱心に耳を傾けた。その模様をレポートする。
ふたりにとっての「戦後」

イベントは、「船橋と後藤それぞれにとって「戦後」とはどのような時代か」という司会からの問いかけで始まった。
1980年生まれの後藤は、2000年前後のITバブルと崩壊、06年のライブドアショック、08年のリーマンショックを20代ごろに目撃した世代にあたる。社会・経済に関心を抱く年頃になってからは「上り調子の日本」をほとんど経験したことがないとも言える。
そんな後藤にとっての同時代は、戦後日本が持ち続けてきた勝利の方程式が通用しなくなった時期である。後藤は、キーワードとして「農耕型」の企業マインドを挙げた。積極的に変化を求めるのではなく、長期的なビジョンにもとづいた安定志向の経営戦略や雇用形態をとった日本の産業界は、バブル期以前はうまく回っていた。しかしそれ以降、世界経済の中心が「モノ」から「デジタルとサービス」に移って変化のスピードが求められるようになるにつれ、失調をきたすようになったと見る。
一方の船橋は、1944年に北京で生まれ、終戦後の引き上げを経験した。占領下の東京で、進駐軍の兵士にチューインガムをもらったこともあるという。しかしその後、日本は高度成長を経て経済大国に成長し、80年代末にはバブル景気を味わった。船橋は当時を素直に「いい時代だった」と振り返る。ただそのうえで、ある歴史家の言葉を参照しながら「世界史のなかで、戦前・戦後両方の“日本帝国”ほど短命な帝国はなかった」と指摘。その後の「失われた20年」を経て2011年の原発事故へと至る過程で日本は明確に「負けた」と認識する必要があると説いた。
船橋によれば、戦後日本の80年は前半と後半にきれいに分かれる。前半の40年はほぼ冷戦の時代に重なり、日本は同盟国のアメリカに守られて特権的な平和環境を維持できた。しかし、85年のプラザ合意あたりからそのポジションは揺らぎはじめ、冷戦終了以後は地政学的に中国が日本を脅かすようになってきた。「戦後敗戦」は、経済だけでなく安全保障にも関わる事態なのである(なお、この区切りは明治開国から敗戦までの約80年も繁栄の前半と停滞の後半に分けられることと重ねられている)。
どうしても暗い話題が続いてしまうが、後藤は現在の日本に変化への兆しも感じるという。後藤いわく、「失われた」時代の日本を特徴づけていたのは広い意味での「デフレマインド」でもあった。つまり、「どうせ物価は上がりも下がりもしないのだからリスクをとる動きをしなくてよいだろう」という傾向である。これが前述の「農耕型」マインドに拍車をかけるかたちで停滞が続いてきたのだが、ここ数年で状況は変わってきたと後藤は見る。物価高と株価の上昇が続くなか、(まだ賃金上昇は追いついていないものの)社会の変化を受け入れる体質が世間に浸透してきた。そこで個々の経営者や働き手がいかにマインドチェンジできるかが、ここまでの経済的敗戦を脱却する鍵になるというのである。
ネット敗戦の要因
つづいて、本イベントのメインテーマである「ネット敗戦」について議論が交わされた。なぜ日本はインターネット革命による産業構造の変化に乗り遅れてしまったのか。失敗から教訓を学ばなければ未来の成功はない。
船橋が理由としてまず挙げたのは、国家主導の産業政策が欠如していたことだ。インターネットやAIは、戦後すぐのころからアメリカ国防総省(ペンタゴン)中心の指導のもと開発が進められてきた技術ともつながりが深い。日本では、「アメリカと言えば民間の自由な競争」というイメージが強いが、国自体も「企業家国家」として挑戦と学習をつづけていくべきであり、民間(ボトムアップ)と国家(トップダウン)双方のダイナミズムのなかでイノベーションが起きるのだというところを見落としていたのではないか。日本は官も民も「間違ってはいけない」「正解を出さなければ」という硬直した姿勢に終止してしまってきたのではないか。そう船橋は問う。
また船橋は、後藤が提起した「農耕型」の企業マインドにもネット敗戦の要因を見る。インターネットは「ネットワーク効果」の世界だ。サービスは利用者が多ければ多いほど利便性が増し、ますます多くの利用者を獲得していく。そんな勝者総取りの業界では、農耕型の「一人ひとりとの縁を大事にし、いかに客にしていくか」という具象的な戦略ではなく、「どのようにルールを設定してプラットフォームを立ち上げるか」という抽象型のビジョンが重要になる。同質集団の「内」と「上」ばかり見て、そこで認められるように品質を磨く村社会的な姿勢はイノベーションにつながらない。
そして英語。いまは自動翻訳の技術が発展したが、いずれにせよ国際的な場面でリーダーシップをとって「こいつについていこう」と思わせるためには、たとえ下手でも生身の人間が直接コミュニケーションをとらなければならないと船橋は語る。
後藤もおおむねこれらのポイントに同意する。そもそも日本には、NTTドコモのiモードやSNSサービスのmixiなど世界に先駆けてつくられたものも多くあった。しかし、国内市場の規模がある程度大きいことや英語の壁があったことなどがあいまって、これらをグローバルに展開する方向に進めなかった。サービス業は、車や電化製品といった「モノさえ良ければ海外でも売れる」製造業と根本的にちがったのである。そうこうしているうちに、ネットの世界はGAFAMを筆頭とする巨大プラットフォーマーに牛耳られ、ネットワーク効果のため日本企業はもう追いつくこともできない。日本は毎年静かにプラットフォーム企業に金を吸い上げられる「デジタル赤字」を抱えることとなってしまった。
日本が進むべき道

船橋は産業面で大きくふたつの方向性に未来を見出す。ひとつはキオクシアや東京エレクトロンといった半導体関連のメーカー。プラットフォームでの失地回復は無理でも、部品・素材・装置の産業を伸ばすことで「スーパー下請け国家」としてサヴァイブする道があるのではないかという。次に、日本がこれまで強みとしてきた自動車産業を引き続き稼ぎ頭として機能させられるか。そのためには、EVや自動運転といった新技術の開発競争についていき続けなければならないと船橋は言う。これは安全保障にも関わる。極端な話、将来永田町の車の自動運転システムがすべて中国製になってしまえば、首相の位置情報なども筒抜けになってしまうからだ。
これに後藤も賛同を示す。とくに半導体(フラッシュメモリ)は、AIの革新と普及などによって「特需」とも言える状況が訪れている。これまで“周辺”と思われていた分野で地道に積み上げていた技術が、いわば逆転で勝ち筋となる明るい話題である。また、後藤は政府主導の半導体メーカーRapidusにも期待をかける。血税が注入されているため仮に失敗すれば批判は大きいかもしれないが、国策としてうまくいく数少ない事例になる可能性ももちろんあると後藤は言う。
Rapidusには船橋も期待しているという。日本がかつて大きな世界シェアを占めていた半導体業界でその後「敗戦」してしまった要因も、やはり国が産業政策そのものを放棄してしまったことにある。台湾のTSMCや韓国のサムスンといった企業は、産業の成功が安全保障にも深く関わるというヒリヒリした緊張感のなかで政府と協調し成長してきた。これからはRapidusのマーケティングのために官民がいかに連携できるかが鍵を握ると船橋は語り、明治期の「お雇い外国人」のように世界のトップを予算を惜しまず引き抜く手もあるのではないかと述べた。これは「新しい国づくり」に関わる問題なのである。
最後に、個々人がとっていくべき姿勢として、後藤は「失敗を恐れず高速で試行錯誤を回していくこと」を挙げ、船橋は「自分が何者であるかにかかわらず、大きな展望を持ち、自らイニシアチブをとってそれを語らう輪をつくっていくこと」を挙げてイベントは閉じられた。
イベント途中で船橋が語ったように、『戦後敗戦』の装丁にはあるメッセージが込められている。表表紙の帯には夕日のなかを飛び交うカラスの写真が、裏には朝日に向かって飛び立つカラスの写真がそれぞれ収められているのである(ポール・クローデル著、藤田嗣治挿絵の日本論『朝日の中の黒い鳥』をイメージしたという)。はたして日本は2度目の敗戦の夕暮れから、新しく国を立て直す朝を迎えることができるのだろうか。それはわれわれ一人ひとりの仕事ぶりにかかっている。そのことを学ばされるイベントだった。
■書誌情報
『戦後敗戦』
著者:船橋洋一
価格:3,080円(税込)
発売日:2026年3月5日
出版社:実業之日本社






















