「アンパンマンは大人に響くメッセージの宝庫」哲学者・小川仁志に聞く、やなせたかしから学ぶ人生のヒント

2025年3月31日から放映がスタートする、NHKの連続テレビ小説『あんぱん』のモデルになり、大きな注目を集めている『アンパンマン』。言わずと知れた、子ども向けアニメの不朽の名作だが、アニメから学ぶ大人の人生哲学をテーマに、『愛と勇気とアンパンマンの言葉』(内外出版社)を上梓した哲学者の小川仁志氏は、「実はアンパンマンには大人にこそ響くメッセージが多くあり、人生を学び直すためのヒントが隠されている」という。
果たして、その真意はどんなところにあるのだろうか。アニメ『それいけ!アンパンマン』の膨大なエピソードの中から抜き出した名セリフの意味や想いを読み解き、さらにはそれを哲学の視点で掘り下げるという、これまでにない試みに挑戦した著者だからこそ見出した、大人のためのアンパンマンの魅力について話を伺った。
アンパンマンには立ち返るべき“基本”がある

――本書の前書きに「哲学の視点で捉えた、大人のためのアンパンマン」というテーマで打診があったとき、正直、戸惑いがあったとありました。それでも引き受けてみようと思ったのは、どんなところに惹かれたからでしょうか?
小川仁志(以下、小川):人というのは子どもの頃に大切だと思っていたことも、成長するにつれて忘れてしまう生き物なんですよね。幼い頃には当たり前に感じていたことも、大人になると見えなくなってしまう。だから、私自身も含めて、あらためて「忘れてしまった大切なもの」を『アンパンマン』を通じて見つめ直したいと思いました。
アンパンマンが持つ「自己犠牲」「勇気」「正義」といったテーマは、私たち大人が生きていくうえでもとても大切な価値観です。それを単なる子ども向けの教訓にとどめず、大人としてどう受け取るべきか、どう実践すべきかを考えることに、大きな意義を感じました。
――アンパンマンを哲学的視点で捉え直そうという試み自体、これまでにあまり目にすることはありませんでした。
小川:たとえば、手塚治虫さんの作品やジブリ映画といった、大人も楽しめるアニメでは、その物語性やメッセージを解釈する分析書は出版されていたと思います。しかし、まったくの子ども向け作品であるアンパンマンで、哲学的な掘り下げをするという試みは、ほとんどされていなかったのではないでしょうか。
現代のように不確実な時代では、基本に立ち返ることが重要視されることも多いと思いますが「その“基本”となるものが、アンパンマンの中にあるかもしれない」と考えたことも、この企画をお引き受けした理由です。
――とはいえ、アンパンマンのエピソード数は1600以上、登場キャラクターの数も世界最多で、ギネス世界記録にも認定されています。本を執筆するにあたり、膨大な数の作品を観ることになったと思います。
小川:膨大な数のエピソードを観る必要があると知ったときは、さすがに圧倒され、正直気が遠くなりました。けれども「アンパンマンには、大人にとっても大切なことが描かれているはずだ」という思いで向き合っていると、どのエピソードにも、これまで気づかなかった大事なメッセージが込められていることがわかり夢中になっていきました。観ているうちに、自分がアンパンマンの世界の住人になったような感覚になり、途中からは“哲学マン”として、アンパンマンたちと一緒に生活しているような気分でした(笑)。
作中でアンパンマンがピンチに陥ると決まって流れるBGMがあるのですが、気づけば私自身も日常生活で困難に直面したとき、そのメロディーが頭の中で流れるようになっていたくらいですから(笑)。
――そうしてあらためて作品を見直すと、感動して涙を流したエピソードすらあり、大人である小川先生の心を大いに揺さぶったそうですね。この物語は大人の心にも響くことがわかった、と。小川先生はアンパンマンの物語のどんなところに心を打たれたのでしょうか?
小川:登場人物たちがそれぞれに悩みを抱えながらも、一生懸命生きているところです。その姿が現実社会を生きる私たちと重なり、強く心を打たれました。
例えば、第10章の「生きる意味」のパートで紹介しているしめじまんのエピソードは、自己肯定感が下がってしまっている現代人にぴったりの話だなと思いました。料理をふるまう際に、焦って失敗してしまったしめじまんは、まつたけまんに叱られたことで、すっかり元気をなくしてしまい、森の中へ逃げ込んでしまいます。でも、そこに現れたちゃわんむしまろというキャラクターと一緒に、秋の紅葉を楽しんだり、虫の音に耳を傾けて歌を詠んだりするうちに、ゆったりとしたひとときを過ごすことができ、元気を取り戻します。彼の詠んだ「心地よき 秋も深まる 虫の声 慌てず焦らず のんびりと」という歌が印象的です。

きっと、自己肯定感の低い現代人たちも、しめじまんと同じように焦っているんだと思うんです。「生産性を高めなさい」と押し付けてくる社会の中で、そのようにできない自分に対して。でも、本当はそうじゃなくていいんだ、効率を追求することだけが正解じゃないんだということを、ちゃわんむしまろの歌は気づかせてくれるのです。
また、ばいきんまんの存在も象徴的です。彼は優れた才能を持ちながらも、人との関わり方に悩み、素直になれないことで孤立しています。本書では、集団食中毒にかかってしまった子どもたちを救えるイタイノトンデケタケをめぐってアンパンマンとばいきんまんが争うエピソードを紹介していますが、二人は取り合いの末に川に流されてしまいます。その際、アンパンマンはせっかく手にしたイタイノトンデケタケを犠牲にしてばいきんまんを助け、力尽きてしまうんですが、ばいきんまんはそのあとになんと、自らの手でイタイノトンデケタケを探し出し、アンパンマンのそばにこっそり置いて立ち去るんです。思わず泣けてしまうワンシーンですね。
そういった姿を見ると、あらためて「人は皆、それぞれの悩みを抱えながらも、もがき苦しみながら生きているのだ」ということが感じられ、そこに深い感動を覚えました。アンパンマンは大人にとっても、人がどういうことに悩み、それをどういうふうに乗り越えていくのかを教えてくれる、人生の教本になっているんです。




















