『虎に翼』脚本家・吉田恵里香インタビュー 「今も解決していない問題を時間をかけて描きたかった」
10月21日に発売される『NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ集』(NHK出版)は、特別な一冊だ。これまで連続テレビ小説ではノベライズが発売されることはあったが、シナリオ集は出版されないことが多い。しかもこれまで電子書籍で出していた全シナリオ、26週分に加え、著者である吉田恵里香さんのセルフライナーノーツ、脚本家の岡田惠和さんや漫画家の横槍メンゴさんの寄稿文も掲載と、まさに『虎に翼』の神髄を味わえる作りとなっている。今回は朝ドラファンのみならず、多くの視聴者を獲得するヒットとなった『虎に翼』の脚本を手掛けた吉田恵里香さんに、作品に込めた思いを聞いた。
紙の本で出すということがすごく意味のあること
ーー『NHK連続テレビ小説「虎に翼」シナリオ集』は1000ページを超えるボリュームのうえ、表紙が箔押し加工されて化粧箱入りと豪華な作りになっています。吉田さんにとっても特別な一冊なのではないでしょうか。
吉田:電子書籍でシナリオ集は出させていただいていましたが、紙の本で出るとは思っていなかったので、すごくありがたいです。製作に携わっていただいた方たちも含め、企画段階で、ファンの方たちが手元に置いておきたいって思えるものを心がけていました。よくも悪くも今は読書をすること自体が贅沢なことになりつつあるので、紙の本で出すということがすごく意味のあることになっています。それこそ、電子書籍が売れなかったらできなかったことなので、買って読んでくださったり、感想を送っていただいた方たちのおかげです。なにかお礼がしたいんですけど、今ちょっと考えています。
ーーシナリオ集では、各週に吉田さん自身が詳細なコメントをつけています。特に思い入れのある週というのはありますか?
吉田:第8週までが寅子の優三との別れを前半の区切りと位置づけていたので、8週と9週、そこまで書ききったときは、すごくホッとしました。
ーー優三だけでなく、寅子の父である直言、兄の直道の死が続き、日本国憲法が発布される週でした。
吉田:第9週あたりで日本国憲法を出したかったというのがあったんです。あとは優三、直道をもう書けないのかという悲しみがあったので、印象に残っていますね。
そのほかでは第13週、梅子が再登場して、家族と別れることを決める流れは、梅子のセリフ、花江とのやりとりを含めて気に入っています。花江の亡き夫、直道が夢に出てきたり、寅子がそれまでは怒りを込めて歌っていたモンパパが、喜びの歌に変わるみたいなことができたので。
あとは第14週から第15週。寅子の穂高先生との喧嘩からの別れや、寅子が猪爪家の中でどういう状況に置かれているのか気づくシーンは、第1週からずっと長期間、書き続けてきたからこそできる、お互いの溝の作り方なので、すごく気に入っています。
恋愛関係にならない男女を描きたかった
ーー『虎に翼』には個性的なキャラクターが多く登場し、それぞれファンも多くいます。吉田さんが個人的に好きなキャラは誰ですか?吉田:一番、好きなのはやっぱり寅子です。あとはよねと轟のコンビも好きです。この2人は強さと柔らかさ、人としての優しさを持っている、私がかっこいいとかなりたいって思っている人物です。モデルの人物がいなくてゼロから作ったというのもあって、その意味ではすごく思い入れのある人物になっていますね。
ーー2人とも物語の後半で重要な役割を担いますが、再登場は当初から予定していたのですか?
吉田:もう一度、出すことは決めていましたが、轟とよねが2人で弁護士事務所をやるということは決めていませんでした。よねをどの段階で弁護士にするかは悩んでいて、彼女の性格を考えると、戦前はなれないだろうなと。もともと自分の信念を曲げない人ですし、戦中は目の前の戦災孤児を助けることに精一杯で、司法試験に気持ちがいかないだろうし、弁護士になるのは後になるかなと、スタッフとも話していたんです。
ただ、よねが資格をもっていない以上、弁護士事務所をかまえるなら、誰かもうひとり弁護士がいないといけない。それはやっぱり轟だよなという気持ちはありました。キャラクターが育ってきたことで、その方向を決めたんです。やっぱり、轟のセクシュアリティーもありますけど、恋愛関係にならない男女を描きたかったので、それはこの2人がいいなと思っていました。
ーー轟のセクシュアリティーが話題になりましたが、最初から設定していたのでしょうか。
吉田:キャラ設定のときから決めていました。すごく有害な男性的な感じで出てくるけれど、その中に自分が自認していないセクシュアリティー、同性が恋愛対象である人として描こうと考えていました。ただ、映像を見たら下駄を履いてボロボロの学生服で驚きましたけど、演出陣を含め、演じた戸塚純貴さんがすごく地に足のついたキャラにしてくださったので、すごく感謝しています。
ーー轟のセクシュアリティーが明らかになったときは、SNSでさまざまな声があがりました。これは予想していましたか?
吉田:私はちょっとしかハッシュタグを見ないのに、それでも本当に無意識的・意識的、両方の差別の言葉があふれていたので驚きました。出るとは思っていましたが、ここまでとは。轟のあのシーンは自分でもこだわって、ちゃんと同性愛として伝わる言葉で書いたんです。それでも、惚れていたということは人間愛ではないか、みたいな意見が出ました。それぞれの解釈は自由ですけど、それをSNSであえて書いてしまうことは同性愛の人への否定になってしまいますから。
※編集部注=友人である花岡の死を知った轟に、よねが「惚れてたんだろ、花岡に」と言った