杉江松恋の新鋭作家ハンティング 創元ホラー長篇賞『深淵のテレパス』の突き抜けたおもしろさ

創元ホラー長篇賞『深淵のテレパス』評

 題材はオカルトなのだが、それを解決するための行動はすべて合理的なものだ。当たり前だ。主導者である晴子にはまったく霊能力がないのだから。晴子たちのチームは、ありうべき可能性を排除するという形で調査を進めていく。たとえば依頼者であるカレンには、ストーカーと思われる相手がいた。すべてのことはその男の仕業ではないか、とまず疑う。カレンが怪異に見舞われるようになったのは怪談会に出てからなので、大隈大学オカルト研究会を調べなければならない。そうした形で進められていく調査は、ご都合主義な部分がなくて、理に適っている。読者にしてみれば、なぜ晴子たちが今そういうことをしているのか、ということが一目瞭然なので、物語の道筋を見失うこともない。澤村が言うとおり「娯楽小説として」の正道に乗っかった物語運びなのである。簡単なことのように見えるが、実はここを取り散らかさずに書くのは難しい。新人らしからぬ手練れさを感じる。

 何よりも美しいのはミステリーの技法を応用した話運びになっている点だ。「ありえないことをすべて取り除いた結果最後に残ったものは、どんなに突飛に見えてもそれが真相である」というのはシャーロック・ホームズの時代から続けられている探偵法の基礎だ。晴子たちはそれをやっている。草太が真相に気づく場面もきちんと書かれる。「それ」のせいで異変が起きたのだ。この書きぶりも、探偵の思考をブラックボックスに入れず、読者にも追体験可能な形で展開していくミステリーの技巧に酷似している。ミステリーを書いても、この作者はいけるはずだ。

 おもしろかったのは晴子たちが、超常現象はたぶん存在するが「しょぼい」とたびたび言うことである。現実の理屈で説明できないことはある。あるけど「しょぼい」から、世界を変えることにはならないのである。たとえば犬井はテレパシーを使ってカードをめくる人に図柄を送ることができる。だが、それは通常四分の一の確率であるものを三分の一に上げられるだけのものなのだ。すごい。すごいけど、しょぼい、だって三分の二はやはり外れるのだから。そういう現実のしょぼさみたいなものをちゃんと背負った形で作者はオカルト現象を書いている。その地に足のついた感じが好ましい。

 読み終えた後で知ったが、作者はWEBメディア「オモコロ」で加味條の筆名で活動している人だという。上に書いた現実感の取り込み方は、そのへんから来たものか。地に足がついている人は空高く飛び上がることはないかもしれないが、しっかりとした足場を利用してとんでもない力を発揮するかもしれない。そういう書き手になってくれることを望む。

■書籍情報
『深淵のテレパス』
著者:上條一輝
発売日:1650円
出版社:東京創元社

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