『推し殺す』『ねずみの初恋』『この世は戦う価値がある』……漫画ライター・ちゃんめい厳選! 3月のおすすめ新刊漫画

 今月発売された新刊の中から、おすすめの作品を紹介する本企画。漫画ライター・ちゃんめいが厳選した、いま読んでおくべき5作品とは?

『推し殺す』タカノンノ先生

 心に火がつく。そんな奇跡的な瞬間が人生にはしばしば訪れる。『推し殺す』は物騒なタイトルではあるものの、若き才能たちの“心に火がつく瞬間”を切実かつユーモアたっぷりに描いた作品だ。

 主人公は、高校生で漫画家・大森卓として鮮烈デビューを果たした小松悠。華々しい作家人生を歩むかと思いきや、スランプに陥ってしまい、新しい作品が描けなくなってしまう。二度とマンガを描くこともないと思いながら大学へと進学した小松だったが、「漫画家・大森卓を殺す!」と宣言する三秋縁と出会う。

 そんな三秋の正体は、大森卓の大ファンにして漫画家志望。つまり、推しの漫画家を絶対に超えたい(ペンで殺したい)のである。小松が大森卓だとは露知らず、三秋は漫画に詳しい小松に対して「担当編集になってくれ!」と付き纏う。当の小松は、自分の作画に影響受けまくりな三秋の作品にこそばゆくなったり、時には画力の低さに怒りを覚えたり。きっかけはどうであれ、2人が出会ったことでお互いの心に創作の火がつき、そして静かに燃え上がっていくのだ。

 憧れだけではなく、嫉妬や自己承認欲求など......ともすれば、私たちが醜いと切り捨ててしまいそうな感情さえも火種となり、ものすごい疾走感で繰り広げられていく2人の物語。本作を読んでいると、人の心に火がつく瞬間の狂気じみた美しさ、そしてその熱に動かされて前進する人の眩しいほどの輝やきを実感する。なんて、割と真面目なレビューを書いたけれど、シリアスとぶっ飛んだギャグのバランスが素晴らしいところが本作の一番の魅力だったりする。胸熱とギャグ、両方味わいたい人にぴったりなクリエイター群像劇だ。

『ねずみの初恋』大瀬戸陸先生

 『ねずみの初恋』を読んでいる時に感じるこのドキドキはなんなのだろう。作中で描かれる初恋の眩さ、甘さ、ピュアさへの高鳴りなのか、いや、どこまでも救いのない残酷さや容赦のなさへの恐怖なのか。本作を読んでいると、まるで“初恋”をした時みたいに、今まで経験したことがないような感情が無限に湧く。

 顔を赤らめながら、無垢な表情でこちらを見つめる少女が表紙の『ねずみの初恋』。彼女の名前はねずみ。ヤクザに殺し屋として育てられたねずみは、他者からの愛を知らない。そんなある日、任務の帰りに偶然出逢ったのがごく普通の青年・碧だった。生きる世界が違う2人だけれど、やがて恋に落ち共に暮らし始める。どこまでも優しくあたたかな愛情をねずみに向ける碧。そして、少しずつ人を愛する喜びと幸せを実感するねずみ。危なっかしくもゆっくりと大切に初めての恋を育む2人の姿は、初恋の尊さや輝きが詰まっているし、台詞やモノローグに頼りすぎることなく、表情で訴えかけるような初恋の質感には胸を打つものがある。

このまま、殺し屋の少女とごく普通の青年とのスリリングなラブコメが永遠に続く、あるいは実は碧は敵対する組織の殺し屋で.......なんてちょっぴり刺激的な展開だったらどんなに良かったことだろう。結局のところ、碧はどこまでも表社会の人間で、ねずみは裏社会の人間。このどこまでも交わらない2人の世界線が、私たち読者に果てしない絶望を味わせてくる。

初恋の普遍的な美しさを描きつつ、倫理観が歪んだ世界の中でもこの恋を守ることはできるのか? と。なんだか、初恋の真価を試すような衝撃作となっている『ねずみの初恋』。「初恋は実らない」なんてよく言われるけれど、この恋だけはどうか未来永劫続いてほしい。

『この世は戦う価値がある(2)』こだまはつみ先生

 激務、パワハラ、セクハラにモラハラ彼氏.......現代社会の負をフルで背負った限界OL・紀理の人生総決算物語、待望の第2巻。人生に絶望した紀理は、これまでにやり残したことを「貸し」、相手に返したい恩や感謝を「借り」として、その一つ一つを精算しながら、自分の人生やこの世界に意味があったのかを自問自答していく。

 1巻ではバッド片手にモラハラ彼氏に仕返しをしたり、借りたままになっていた物を持ち主に返しにいったり。かと思えば、昔の友人や偶然知り合った孤独な女性の心を救ったり。破天荒ながらも、「貸し」と「借り」のバランスを崩すことなく人生の総決算を遂行する紀理だったが、2巻はかなり斜め上をいく「貸し」からスタートする。それは、公営ギャンブルの制覇である。世界の美しい絶景を観るでも、ハイクラスの体験をするでもなく、パチンコや競馬をやる。このバランス感覚が本作の素晴らしいところだ。

 やろうと思えば今すぐできるのに、なんとなく素通りしてしまっているもの。そういった身近にあるのに、自分で遠ざけてしまっている「貸し」が私たちの人生にはたくさんある。紀理の人生総決算物語を見ていると、透明化されてしまっていた自分の「貸し」に気付かされていく。

 その「貸し」を実際にトライすることで、人生が大きく変わることはないかもしれない。でも、公営ギャンブルに挑戦する紀理は今まで感じたことのない確かな高揚感、達成感を覚える。ページからひしひしと伝わってくるようなその熱気は、トライした方が自分の心に何かしら動くものがあるのだと。「貸し」に潜む可能性と、この世界は意外と楽しいのかもしれないという小さな希望を教えてくれる。

 まもなく4月。始まりの季節に心機一転、自分の人生をリベンジしたいという人は『この世は戦う価値がある』を読むことで、きっと何が掴むものがあるはず。

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