漫画ライターが選ぶ「2023年コミックBEST5」若林理央編 『いやはや熱海くん』など新しい風を吹かせた作品
2023年もたくさんの漫画を読んだなと、本棚を見て思う。2022年以前に単行本化された漫画や、昭和の名作漫画もある。一方で2023年に1巻が単行本化された漫画も、見逃せない作品がたくさんあった。そんな作品の中から、漫画界に新しい風を吹かせた作品をピックアップした。
1位 『いやはや熱海くん』田沼朝(KADOKAWA)
2位 『僕は春をひさぐ~女風セラピストの日常~』水谷緑(講談社)
3位 『ラストサマー・バケーション』東洋トタン(KADOKAWA)
4位 『恋と地獄』今井大輔・COMIC ROOM(双葉社)
5位 『近野智夏の腐じょうな日常』渡邊ダイスケ・原作、大羽隆廣・画(少年画報社)
巧みな人物造形で共感を生む不思議な主人公と、他者との関係性
『いやはや熱海くん』の主人公、熱海くんは高校1年生、誰もが目を奪われるほどのイケメンだ。彼はたくさんの女性に告白されていて、そのたびに断っている。彼が好きになるのはいつも男性なのだ。しかし彼の恋は実を結んだことがない。そんな熱海くんは今、1年先輩の足立さんが気になっている。
ここまで読んだ時、本作は熱海くんと足立さんのほのぼのとしたBL漫画なのではないかと思ったのだが、すぐにそれは私の早とちりだったと知る。早々に熱海くんは足立さんに振られ、他の人を次々に好きになるからだ。ラブコメディでも恋愛ものでもBLでもない本作の魅力は、熱海くんをはじめとした登場人物のキャラクター造形と、彼が他の人と関係を築きながら抱くさまざまな感情にスポットがあてられている。
熱海くんは惚れっぽいが、自分にやさしくしてくれる男性すべてに恋をするわけではない。男性が好きであることも、恋愛感情とは別のところで、ある男子には「知ってほしい」、ある男子には「知られたくない」と感じる。この「知ってほしい」「知られたくない」は相手が良い人だから、悪い人だからといった理由で変わるものではない。
また、足立さんに振られた後も彼の家庭で夕食をごちそうになる、奇妙な日々が続いている。ここまで書くと熱海くんは理解のできないキャラに見えるが、実際に読むと逆である。熱海くんは不思議な人なのに多くの読者が共感できるキャラなのだ。それは熱海くんだけではなく、足立さんなど、彼を取り囲む人物全員にも言えることだ。
私は、読み進めれば進めるほど、作者による巧妙な人物造形に圧倒された。熱海くんは人と関わるたびに、自分にとって相手はどのような存在なのかを考える。時に足立くんなど親しい人がヒントをくれてそれが明確になった時、読者も熱海くんが相手に抱いている感情を理解して、「だれかに対してこう思ったこと、私もあったなあ」と自分の実体験を思い出すのだ。2024年も熱海くんから目が離せない。
セラピストの視点から女性の切なる感情にスポットをあてた女性用風俗の物語
自分の知らない世界を綿密な取材を重ねて描き、フィクションに落とし込んでいく。私は小説も書くので、そんなときは「難しいなあ」「自分の近い世界や時代に設定し直そうかなあ」と考えてしまうのだが、漫画『僕は春をひさぐ~女風セラピストの日常~』の作者はそこから逃げない。センセーショナルになりがちな女性用風俗(以下、女風)という題材を過激に描くことはせず、女風の利用者やセラピストの心情を丁寧にすくい取るのだ。
近年、女風を扱ったエンターテイメント作品が続々と出ているが、ここまで丹念にセラピストや利用者の心理を描写した作品はほかにないのではないだろうか。主人公が利用者ではなくセラピストであることからもそれがわかる。
会社員として働きながら女風セラピストをしている主人公の悠は、さまざまな利用者に出会う。いわゆる高齢処女だと自分のことを想いこんでいる独身女性もいれば、セックスレスで夫に性的な対象として見られていないことに苦しむ主婦もいる。悠は彼女たちの心をほぐそうと日夜努力している、誠実なセラピストだ。
ストーリーの中で時折明かされる女風の現実も、本作の見どころだろう。利用者の年齢層や職業、法律によって禁じられていること、女風が増加した理由、女風の店舗によってアピールポイントが異なること……。私を含むほとんどの読者にとって、すべてが初めて知ることだろう。悠が所属しているのは良心的な店舗であり、利用者の女性を傷つけないことを考えて、採用人数は100人応募があればその中の1人、採用後の研修でも解雇することがある。女風は男性がお金をもらいながら女性と性行為ができる場所ではないのだ。
女風は初めてという女性が、怖がりながらも勇気を出して女風を利用している点にも注目したい。性的欲求を満たすことだけを望む女性も中にはいるが、心に抱えたわだかまりをなんとかしたいと考えている彼女たちのことを、女性の読者は他人事だと突き放すことができるだろうか。本作は女風に対してのネガティブなイメージを取り去る漫画であり、今の時代ならではの斬新さがある。