橘ケンチ「人生における究極的な課題は人間関係」 ベストセラー幸福論『グッド・ライフ』とLDHの共通点
TEDトーク「何がよい人生をつくるのか」(What Makes a Good Life)が4500万回の視聴数を記録、TEDの再生回数ランキングの歴代トップ10にもランクインしたロバート・ウォールディンガーと、その右腕であるマーク・シュルツが著した本書は、幸福な人生を送るのにもっとも大切なものは「よい人間関係」であることを、科学的な知見に基づいて様々な角度から論じている。
リアルサウンド ブックでは、読書家として知られ、初の小説となる『パーマネント・ブルー』を書き下ろしたばかりのEXILE・橘ケンチに本書の感想を聞いた。EXILEの所属事務所であるLDH JAPANは、「Love, Dream, Happiness」をテーマにエンタテインメントを創造しており、本書が説く「幸福論」にも多くの共通点を見いだせそうだ。
幸福論に関しては本書さえ読めば大丈夫
――本著の率直な感想を教えてください。橘ケンチ(以下、橘):自己啓発本はこれまでに何冊も読んできましたが、この『グッド・ライフ』は決定版と言えるもので、幸福論に関しては本書さえ読めば大丈夫ではないかと思うほどでした。やはり人生における究極的な課題は「人間関係」なんですね。人間はひとりでは生きていけないし、どこかに帰属して生きていくものなのだと改めて気付かされます。人生を改善していくためのヒントが散りばめられていて、僕自身の将来のイメージも浮かんできました。
――科学的な根拠に基づいて書かれているのもポイントかと思います。「受けるよりも与える方が幸いだ」、「情けは人のためならず」といった伝統的な格言の有用性を改めて裏付けるような内容でしたが、具体的に響いた部分はありましたか。
橘:僕は「自分は自分の人生の専門家ではない」という言葉が刺さりました。自分のことは自分が一番知っていると思い込みがちだけれど、他人から見た自分の印象はまた違います。「それを受け入れられれば、新たな世界が開ける」という感覚は、以前から持っていたので自然と腑に落ちました。人は誰もが「人間関係」の中で自らを探す「探求者」なのかもしれません。何かを知るために苦労や失敗、喜びを味わいながら生きている。「EXILE」というグループ名には放浪者という意味合いがあるので、そういう点でも本書の幸福論は納得のいくものでした。
それから「いい友情は常に私たちに呼びかけていたり、目の前に姿を現して注意を引こうとしたりはしない。時には人生の背景に静かに退き、ゆっくりと消えていってしまうこともある」という一節も衝撃的でした。大人になると家族や仕事のことで忙しく、友人との関係性を後回しにしがちです。連絡を取らなくなった地元の友達も、久しぶりに会うと昔みたいに話せるから、それが当たり前だと思ったりもする。でも、お互いにいつ死ぬかわからないし、積極的に関係性を温めないと維持できないものだと本書は指摘しています。大事な友人にはもっと小まめに連絡をしようと思いました。
――本書では、そのような人間関係のメンテナンスを「ソーシャル・フィットネス」という言葉を用いて説明しています。
橘:初めて知った言葉でしたが、感覚としては理解しやすかったです。僕もトレーニングをするのでわかりますが、定期的にライブでダンスを披露するには、しばらくライブの予定がない時期でも鍛錬が欠かせません。自分を研ぎ澄ませていくため、そして健康に過ごしていくためにも、意識的なトレーニングやフィットネスは必要なルーティンだと思います。それは人間関係においても同様で、お互いにコミュニケーションを取りつつ気を遣いあって、それぞれの関係値を補修する必要があるのだと、改めて学びました。語学もそうですが、人間関係の充実に関しても、努力した量が大事なんだと思います。
――本書では近年、仕事での人間関係においては、割り切った態度で臨むケースが正しいとされる傾向があり、あまり考慮しない人も多いですが、職場での人間関係をよくすると人生がとても豊かになるとも記されています。
橘:仕事は仕事と割り切って考える風潮は、コロナ禍によってさらに加速した印象もあります。リモートで働ける仕事であれば職場に行かなくていいし、職場ならではの雰囲気を感じたり、変に気を遣う必要もない。それはそれで良い部分もあったと思いますが、メールやリモート会議だけでやりとりできる反面、みんなで何かを盛り上げていく感覚は薄まった気がしますし、それだけでうまく回るものではないということが段々とわかってきました。「こんな時期だからプライベートを大事にしよう」という流れもありましたが、たしかに職場の人間関係がよくて仕事が楽しみになれば、総体としての人生はずっと豊かになりますよね。新型コロナが5類になり、マスクをせずに人と会う機会が増えた今、改めて対面コミュニケーションの重要さと、そこから生まれるものの強さを感じ始めているところです。ライブや仕事、打ち合わせでも、自分が発信したものに対して直接にリアクションがある瞬間の喜びは替え難いと感じています。
困難や苦労もまた豊かな人生をもたらす
――「読み書き算数以外にも、人間関係も必須の教育にしたほうがいい」との提言もあります。人間関係が良好だったら孤立せずに済むし、人生が豊かになるということを小さい時から教えるのも大事なのかもしれません。橘:人間関係の大切さは、僕も大人になってから意識するようになりました。人間は集団で生きるという本能があり、他の人に認められることが嬉しくて、社会のなかで自分の居場所がないと生きづらくなる生き物だ、ということは小さい頃から教えてもいいと思います。
集団における不協和音でヘコむことは誰しもあると思いますが、大事なのはリカバリーです。それを引きずってネガティブになってしまうのか、切り替えて前に進んで行けるのか。そんなメンタル・タフネスを得るには、色々なことを経験するしかないと思います。本書では、人間関係の大事さを説くとともに、「幸せな人生は、複雑な人生だ。例外は、ない」として、困難や苦労もまた豊かな人生をもたらす要素だとしています。順風満帆なだけでは強くなれないから、ときには苦労することも必要なのかもしれません。そして困難に直面したとき、自分が他人から見て、助けたくなるような人間であるかどうかも重要だと感じました。
――そのような考え方は、LDHのアーティスト教育にも通じるものがありそうです。
橘:そうですね。ただ、LDHの方針も最初から明文化されていたものではありません。HIROさんは長らく「人間力」が大事だと話していて、あとはダンサー同士だから通じるニュアンスがありました。EXILEというグループが基にあって、そこに集まるメンバーやスタッフはニュアンスや空気感でHIROさんのビジョンやイメージを共有できていたから、チームとしても強かったんです。でも、ダンサーならではの感覚のコミュニケーションだけでは、内輪の人には伝わっても、初めて僕らと関わる人には伝わらないことも多い。総合エンタテインメントスクールのEXPG STUDIOや、後輩グループである三代目J SOUL BROTHERSやGENERATIONSなどが結成されて、関わるアーティストやスタッフが増えるにしたがって、HIROさんの大切にしている感覚を言語化する必要が出てきました。結果としてその方針は、本書で説いている科学的な知見をもとにした「幸福論」とも通じていたのだと思います。
――アーティストには「周りのスタッフよりも自分が偉いわけではなく、チームの役割のひとつとして舞台に立っている」という心得を持つように指導されているそうですね。
橘:ドーム公演などで我々アーティストは多くのファンからの拍手や歓声を浴びているので、勘違いしてしまいがちな職業でもあるんです。でも、我々がステージで披露しているエンタテインメントは、多くのスタッフが知恵と労力を惜しまずに注いで作り上げられたものです。自分たちばかりを中心に考えてしまうと、あまりいい方向には行かない。エンタテインメントが好きなメンバーやスタッフがいて、何よりそれを見たいと思ってくれるお客さんがいてはじめて成立するものなんだという視点は必要です。ライブは自分だけではなく、みんなが夢を見る場所であってほしい。
一方、僕は「表に立つ役割」ではありますが、ステージを降りた後まで目立つ振る舞いをしているわけではないし、一人の人間として自然体でありたいと思っています。もちろん、人々の期待を裏切らない立ち振る舞いは必要ですが。