もののけ姫の原作、サンもアシタカも登場しない……映画とは全く異なるダークな物語
夏の「金曜ロードショー」といえばスタジオジブリだ。7月21日は待望の『もののけ姫』が放送される。言わずと知れた宮崎駿の代表作である。1997年の公開当時、宮崎駿の引退作品となる旨が盛んに宣伝され、空前の大ヒットとなったことは記憶に新しい。その後、宮崎は引退を撤回して『千と千尋の神隠し』を制作。何度も何度も引退を口にして現在に至るのだが、とにかく『もののけ姫』は公開当時に大きな話題になった作品であった。
さて、この『もののけ姫』には宮崎が描いた原作があることをご存じだろうか。それは1980年頃に描かれた、同名のタイトルの『もののけ姫』である。宮崎は当時、いくつもの新作アニメの企画を練っていたが、その一環で描かれたものだ。映画が公開される前、1993年に徳間書店から絵本形式で本にまとめられている。
この『もののけ姫』、映画とストーリーがまったく異なる。同じ部分がほとんどない、と言っていいくらいだ。そもそも、アシタカもサンも、「黙れ小僧」と言い放つ美輪明宏……ではなく、モロの君も出てこないのである。原作のストーリーを簡単に説明しよう。
戦で傷ついた武士が、誤って大山猫(もののけ)の飯を食べてしまった。武士は戻ってきたもののけに圧倒され、お詫びに自分の3人の娘を嫁にすると約束した。もののけは満月の夜、武士のもとに娘を迎えに行くことを決めた。ところが、心優しい「三の姫」を残し、2人の娘は家を出て行ってしまう。三の姫はもののけとともに暮らし始め、次第に心を通わせていく……というストーリーだ。
ちなみに、主人公の「三の姫」の名前は映画版の「サン」に引き継がれたようだ。また、映画版のサンは山犬のもとに差し出された娘という設定なのだが、原作も三の姫はもののけに差し出された娘である。犬と猫の違いはあるものの、このあたりは、原作のイメージが若干受け継がれた部分といえるかもしれない。
もののけの造形はトトロとネコバスを足して二で割ったような雰囲気だ。表紙の、もののけが三の姫を連れて一輪車に乗っている構図は、『となりのトトロ』に雰囲気がよく似ている。また、宮崎は宮沢賢治の作品の世界観に影響を受けたことで知られるが、もののけの造形などに影響を色濃く見ることができる。表紙を見ただけでもどこかイーハトーブっぽさが感じられるのがわかるし、民話調の物語は宮崎が好んだ世界観である。
この『もののけ姫』はなぜ当時は映画化できなかったのだろうか。結局、暗い話であり、子ども受けしにくい内容だったことに尽きるだろう。1980年代は、まだまだ大人向けのアニメの制作本数が少なかった時代であった。また、当時はバブル景気に突入しかかっていた時代であり、重いテーマは支持されにくかったのかもしれない。
とはいえ、『もののけ姫』で練り上げたイメージは、その後のジブリ作品の原型にもなっている。原作は現在、入手困難になってしまい、プレ値がついているものの、ぜひ手にしてほしい。スタジオジブリ作品のエッセンスが至るところに感じられる。そして、数々のジブリ作品の名作は、宮崎駿の血と汗と涙によって生まれたことがよくわかるはずだ。