金子亜由美による絓秀実評:持続する「繊細で批評的な言葉狩り」『絓秀実コレクション1』特別寄稿より

金子亜由美による「絓秀実」評

 思想や哲学、芸術など諸ジャンルを横断し、斬新な論考を多数発表してきた批評家、絓秀実。このたび、これまでの評論を総括的に纏めた新刊『絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代 』『絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年』(発行:株式会社blueprint)が7月4日に発売された。

 三島由紀夫や花田清輝らに関する初期文学論から、1968年をめぐる社会運動・政治思想論、さらには映画、歌謡曲、B級グルメなどの風俗エッセイまで、これまで絓秀実は対象をつねに「いま」論じるべき意義から問いなおし、ポレミカルな批評=批判として表現してきた。

 『絓秀実コレクション』では両巻ともに絓秀実の思想に通暁した批評家や思想家、編集者などの識者による特別寄稿を掲載している。そこで今回は『絓秀実コレクション1』より、金子亜由美による特別寄稿「持続する「繊細で批評的な言葉狩り」」の一部を抜粋してお届けする。(編集部)

「米子の合縁と忘れ難き人びと」

 絓秀実は、「言語による表象=代行機能の円滑性に対する信仰」への「懐疑」こそ「近代文学の「文学性」を保証する」とした中村光夫「転向作家論」の「視点」を高く評価している(「純文学を必要としているのは誰か」)。この「視点」は、物語内容ではなく、それを「現前的」に「産出する」物語言説(言文一致体)を批判的 に思考することを可能にする。「昭和十年」に打ち出され、「戦後」 に繰り返された「私小説」以後の「文学性」概念を確定しようと する議論」の渦中で(おそらく中村自身にも)「忘却」されたこの「視点」は、絓による「昭和文学史」批判を通じて、改めてその批評の俎上に載ることとなった。

 「言語による表象=代行機能の円滑性に対する信仰」を疑問に付す絓の批評はまた、徹底した言語的闘争の場でもある。たとえば、絓は、部落解放運動(水平運動)指導者たちの「代表=代行主義(※原文ルビ:イメージ)」的で傲慢な「言葉がり」の言説」と、金靜美『水平運動史研究― 民族差別批判』による、「代表=代行主義」にもとづいて正当=正統性を主張することのない」、「不断に生起する言語的な闘争」としての「言葉狩り」とを区別し、後者のような「繊細で批評的な言葉狩り」の重要性を強調している(「闘争としての「言葉狩り」)。それは、「さまざまな個々人、階級・階層」が交差する「闘争」において「不断に変容し、生成する」「言葉の価値」を、「代表=代行」(※原文ルビ:イメージ) が「抑圧」することに徹底して抵抗する。

 「差別」が「イメージによる思考にほかなら」ない以上、「差別批 判とはイメージ批判としてなされなければならない」(「超」言葉狩り宣言」)。「"差別語の言い換え"」が「反動的でしかない」のも、 それが「かつての言葉が差別的でなくなったという印象(※原文ルビ:イメージ)」を目指 す「操作」でしかなく、「イメージによる思考を一歩も出ようとし ていない」からである。

続きは「絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代」特別寄稿にて

■書籍情報
「絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代」
著者:絓秀実
特別寄稿:吉川浩満、金子亜由美、住本麻子
発売日:2023年7月4日
価格:5,500円(税込価格/本体5,000円)
出版社:株式会社blueprint
判型/頁数:A5判/721頁
ISBN:978-4-909852-42-7
購入はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/646748326b7c3d004188e86e

「絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年」
著者:絓秀実
特別寄稿:外山恒一、木澤佐登志、綿野恵太
発売日:2023年7月4日
価格:5,500円(税込)
判型/頁数:A5判/819頁
ISBN:978-4-909852-43-4
発行・発売:株式会社blueprint
購入はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/6467497f51153c007a529479

「絓秀実コレクション1 複製の廃墟──文学/批評/1930年代」目次

■第一章  メタクリティーク(正しい表記はメに×)
ナルシスの「言葉」── 中上健次論
「母の力 ──『 鳳仙花』を読む
偶数と奇数 ──『千年の愉楽を読む
家=系の破壊──小島信夫論
いろはにほへと── 深沢七郎「みちのくの人形たち 」を 読 む
倫理・教育・物語 ── 尾辻克彦論
[大岡昇平論] 言葉という影へ
母という歴史

■第二章  青春の廃墟
「私小説」をこえて ── 小林秀雄と安岡章太郎
悲惨さの方 へ ── 書くこと、そして読 むこと 、あるいは批評のためのメモ 、ではなく... …
[三島由紀夫論] 死刑囚の不死
複製技術時 代のナルシス
[中村光夫論 ] リアリズムの廃墟
極言の言葉
[平野謙論 ] プティ・ブルジョア・インテリゲンツィアの背理
フィクションとしての人民戦線
「 死者の形而上学 ── 昭和十年前後と戦後文学の「 理 念 」
媒介者というファシスト / 無媒介の運動 ── 林達夫と花田清輝
先駆者・中村光夫
道化のような「死者の肖像」

■第三章  書くこと=自己意識
自己意識の覚醒──昭和文学の臨界
[横光利一論] 「純粋小説論」まで
『上海』まで
書く「機械 」
探偵のクリティック ── 批評の系譜
貴種流離のパラドックス ── 磯田光一と「昭和」
柄谷行人──恋愛の主題による変奏

■第四章. 小説/ジャーナリズム
「純文学 をもこえて
現代小説の布置 ──「永山則夫問題 」の視角から「メディア」が透明でなくなった時 ── ナショナリズムとジャーナリズム
異化するノイズ ── 中上健次『奇蹟 』を読む
小説を書かない小説家──作家ビートたけしの諸問題
探偵=国家のイデオロギー装 置
今日のジャーナリズム批評のために── 小林秀雄と大西巨人
歴史修正主義の基本構造
ポスト「近代文学史」をどう書くか ? ──「元号」と「世代」をこえて
国民の「俗情」は「痛み」を回避する
「純文学」を必要としているのは誰か
「過激派」気質
「おばさん」という記憶/忘却装置 ── 金井美恵子『軽いめまい』
田村隆一に逆らって
「文学場」の変容 ──「批評」と「研究」の闘争を提起する

「絓秀実コレクション2 二重の闘争──差別/ナショナリズム/1968年」目次

■第一章 文学のナショナリズム
文芸時評は「国民的象徴」である
再現の現前という虚構
言葉における夢と記憶
ファロクラシーの異化と同化
有機化=全体化の幻
「鬱」とナショナリズム

■第二章  性の隠喩、その拒絶
[稲垣足穂論]前衛と遅れ
性と死1
「喪失」の自明性──フェミニズムと文学
性の隠喩、その拒絶──中上健次の『紀州』以降1マイノリティーに「なる」こと──『中上健次発言集成』
クイアーな「快楽」を求めて──日本的美学とフーコー
「少女」とは誰か?──吉本隆明小論
俳句(=男性原理)におけるフェミニズムの系譜
津島佑子『光の領分』解説
アイデンティティ・ポリティクスの転移

■第三章  天皇制という享楽
享楽と脱魔術化──見沢知廉『天皇ごっこ』
井上ひさしと天皇制──『紙屋町さくらホテル』をめぐって

■第四章. 二重の闘争
二重の闘争──筒井問題と全共闘運動を結ぶもの
「こんなもの」に過ぎぬ読者と話者の関係──『女ざかり』(丸谷才一)
闘争としての「言葉狩り」──『水平運動史研究』(キム・チョンミ)
マンガのゴーマニズム──『ゴーマニズム宣言』(小林よしのり)
「超」言葉狩り宣言
マイノリティ運動の「方向転換」を論ず──筒井康隆『文学部唯野教授』批判、その他
完璧な罵倒語は存在しない

■第五章  歴史/年
「(最後の)小説」は冷戦後をどう生きるか──「サリン―オウム」事件と大江健三郎『燃えあがる緑の木』
闘争という「社交」──「サリン―オウム」・言論・学生運動
メディアと「政治」
「歴史」を捏造する戦後民主主義──アイデンティティー・ポリティクスとイメージ批判
私が「それ」である──村上春樹『ねじまき鳥クロニクル』
アジアは「もの」である
丸山真男という「呪物」──「戦後」を回避した戦後思想の首領
その「許し」に安堵するのは誰か──加藤典洋『敗戦後論』批判
江藤淳と「われらの時代」
「神の国」における民主的統治形態
当事者中心主義の彼岸
書物=文化の「崩落」

■第六章  階級としての大学問題
教育の大衆化と大学
『学問のすゝめ』は大衆社会でも有効か?
そのために死にうる「国家」
ゾンビの共同体
「金利生活者としての学生層
国民皆兵・家・義務教育
「男らしさ」のディレンマ

■第七章  風俗のポリティクス
ファシズム・レトロ・ポストモダン
田中角栄と廃墟のコミューンへの欲望
「裸で出直す」倉田まり子のフェミニズム
家庭の崩壊が生み落とした豊田商事事件
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