『サマータイムレンダ』人気再熱の理由 「ループとドッペルゲンガー」で描き出す、人間の二面性

田中靖規『サマータイムレンダ』

ループとドッペルゲンガーの組み合わせが生んだもの

 本作の発想の原点を、田中氏は「ループものとドッペルゲンガーをくっつけたら面白いのでは」(読売新聞 2021年4/14記事 https://www.yomiuri.co.jp/culture/20210412-OYT1T50138)という思いつきだったとインタビューで語っている。

 この2つの要素が本作を特徴づけていることは間違いない。ループものもドッペルゲンガーも、それ単体ではすでに数多くの作品で使われているものだが、その組み合わせによるケミストリーが本作を特徴づけることとなった。

  ループものの特徴は、ビデオゲーム的なリセット感覚をもたらすという点にある。タイムループ能力を持つ主人公は、一度体験した記憶を持ったままに過去へと戻ることができる。作中にもリセットなどのゲームを連想させる用語は多数出てくることから、このゲーム的感覚は明らかに意識されている。ミステリーにおいては、超常的な能力を主人公に与えるのは良くないとされているが、本作の場合は、読者に与える情報は主人公が体験したものにほとんど限定されることで、謎解きゲームを主人公と一緒に、何度もリセットを繰り返しながら挑んでいるような読書体験を与えることに成功している。

 このゲーム的感覚を象徴しているのが、主人公の「俯瞰」だ。まるで、幽体離脱のように意識を飛ばして、高いところから状況を見渡すというシチュエーションが度々描かれるが、この主人公の俯瞰して物事を見つめるという特徴は、ゲームプレイヤーとしての読者の視点と重なる。実際に何度も繰り返して読み直しながら考察していくことで、本作はより面白くなる作品だ。

 もう1つのドッペルゲンガーについては、本人を殺そうとするという良くある展開に用いつつ、ミステリーの定番「双子のトリック」的にも機能している。そして、後述するが、人間の二面性や「コピーにも人間性は宿るのか」という実存的な問いを発生させる要素としても重宝しており、「ループとドッペルゲンガー」の組み合わせの妙を巧みに物語に落とし込んでいる。

本物とコピーは違うと言えるのか

 本作は、人間の二面性を強調する要素が豊富だ。前述した主人公の「俯瞰」も離人症的だし、ドッペルゲンガーは言わずもがなだ。他にも南方ひづると竜之介の姉弟が一つの肉体に宿っていること、秘密を抱えた菱形医院の院長など、表の顔と裏の顔を持つキャラクターも人間の2面性を示していると言えるだろう。

 「影」の潮を目の前にした慎平は、自分を影だと忘れているその存在を前に、本物の潮と区別がつかなくなる。「完璧なコピーは本物と何が違うのか」という問いが作中で投げかけられるのだが、それは「人間とは何なのか」という深遠な問いにつながる。あるいは、人間はいかにして、目の前にいる存在を人間として認識するのか、という認識論にもなるだろう。愛する人が死んだ時、影でもいいから蘇ってほしいと願うことはある。その影は本人か、個々人がどうその存在を認識するのかという問いは、AIやロボットに人格を感じるか、という問いにも発展させられるだろう。そういう意味では、現代社会を生きる我々にとっても重要な問題だ。

 「ループとドッペルゲンガー」の組み合わせは、そんな人間の二面性や実存的な問いをも生み出す効果を発揮した。思いつき自体はとてもシンプルに感じられるが、そのシンプルな組み合わせを深遠な問いにまで深めたさせた作者の作劇力の高さに脱帽だ。

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