よしながふみ『大奥』は世代を超えて読み継がれる古典となるーー架空の江戸時代に宿る、奇妙な実在感
※以下ネタバレあり
徳川家重の時代に老中・田沼意次は赤面疱瘡の撲滅に乗り出し、蘭方医学の青沼と本草学者の平賀源内が合流することで、弱毒性患者の痂皮の一部を接種することで赤面疱瘡を予防する人痘摂取にたどりつく。その後、田沼が失脚したことで赤面疱瘡の研究は禁止されてしまうが、青沼の手で人痘摂取を受けた男の子が、後に徳川家斉となり、再び赤面疱瘡撲滅に乗り出す。
家斉の邪魔をして反乱分子を次々と毒殺していく家済の母・徳川治済との対決と同時進行で描かれる赤面疱瘡の克服を描いた物語は『大奥』で一番盛り上がる展開だ。しかし、それが描かれるのは8巻から12巻という物語中盤。少年漫画なら最強のラスボスと言える赤面疱瘡&徳川治済の対決が描かれた後、まだ7巻も残っていると知った時は、最後までこの完成度が保てるのかと心配だった。しかし、それは杞憂で『大奥』の真骨頂はこれ以降の展開にあった。
やがて幕末となり、江戸城を無血開城するために勝海舟と西郷隆盛が交渉する場面が描かれる。徳川幕府が代々、女将軍に治められていたという歴史を恥じた西郷は、無血開城を受け入れることと引き換えに、女たちが統治してきた歴史を隠蔽し、大奥も終焉をむかえる。
疫病による男女比の逆転した江戸時代という思考実験から始まった物語は、やがて現実に追いつき、最後は「恥ずべき歴史」として消されてしまう。しかし、ここで隠蔽されたことによって虚実は反転し、これまで描かれた、架空の江戸時代に奇妙な実在感が宿る。
最後に天璋院がアメリカに向かう少女・梅に、これまで描かれた物語をこっそりと語ろうとするところで、本作は幕を閉じるのだが、最後まで読むと、よしながふみが描いた『大奥』こそが、本当の歴史だったのではないかと思えてくる。
今後『大奥』は、世代を超えて読み継がれる古典となっていくのだろう。そして多くの人が思うのかもしれない。この国にはかつて、代々、女が将軍の座についた時代があったのだと。