よしながふみ『大奥』は世代を超えて読み継がれる古典となるーー架空の江戸時代に宿る、奇妙な実在感

よしながふみ『大奥』は古典となる

 NHKで連続ドラマ化されたことで『大奥』(白泉社)が再び注目されている。よしながふみが2004年から2021年にかけて隔月刊誌「MELODY」(白泉社)で連載した『大奥』は、赤面疱瘡という伝染病によって、男の数が1/4に激減してしまった江戸時代を舞台にした全19巻のSF漫画だ。

 物語は3代将軍・徳川家光の時代から260年余りにわたる架空の江戸時代を描いていく。男女の社会的立場が反転し、歴史上の登場人物の性別が男女反転した形で進んでいくのが本作の面白さだが、最初に強いインパクトを残すのが、一人の女将軍に対して、種付けをするために集められた3千人の男たちが暮らす逆ハーレムとしての大奥の描写。

 男女が反転した江戸時代というSF的設定を用いることで本作は、権力の頂点に立つ女将軍たちの強さと孤独を描くことに成功している。同時に、種付けのために集められた男たちを通して、性的に消費される人間の哀しみも描かれており、権力を持った強い女と立場の弱い優しい男の悲恋を描いたメロドラマが序盤の面白さとなっている。

 作者のよしながふみは『西洋骨董洋菓子店』(新書館)等の作品で注目されたBL(ボーイズラブ)を得意とする漫画家だが、2004年に連載がスタートした『大奥』で、漫画家としての評価は決定的なものとなった。本作は現時点におけるよしながふみの集大成と言える長編漫画で、これまで彼女が取り組んできたモチーフが男女逆転した江戸時代というSF的な舞台設定を用いて描かれている。

 同時に『大奥』は、よしながにとって新境地となった作品でもある。本作は、歴代将軍が治める時代をリレー形式で描いていくのだが、将軍と大奥の話だけでなく『忠臣蔵』の基となった赤穂事件や、江島生島事件といった江戸時代に実際にあった出来事が、男女逆転した形で描かれる。そのため、架空の江戸時代を舞台にした連作短編集のような作りとなっているのだが、それぞれの物語が有機的に繋がっているため、各人物の物語の背後にある政治や歴史が浮き上がる構造となっている。その意味で本作は「江戸時代」という歴史の流れ自体が主役と言えるだろう。

 また、新型コロナウィルスが世界中で流行した2020年以降の視点で見ると、赤面疱瘡という疫病の影響で社会が変化していく様子を描くことでコロナ禍を予見したパンデミック漫画として読むこともできる。この記事を書いている現在、2022年の日本人の出生数が想定よりも11年早く80万人割れとなったことがニュースで報じられ、『大奥』の世界みたいだなぁと思ってしまったが、優れたフィクションが現実を先取りすることは多い。

 『大奥』もまた預言的な作品で、史実を下敷きに、架空の江戸時代を精密に練り上げた漫画だからこそ、時代を先取りする作品となっているのだろう。おそらく今後も、新しい政治的出来事や天変地異が起こる度に『大奥』で読んだ出来事みたいだと思うことが増えていくのだと思う。

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「漫画」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる