宮崎駿や藤子・F・不二雄好きにも薦めたい漫画家・ふくやまけいこの凄み 復刊された初期作品の喜びと驚き


 2022年が2023年になって、1年間を振り返る企画が各所で繰り広げられた。漫画も「このマンガがすごい!2023」や「フリースタイル54 THE BEST MANGA 2023 このマンガを読め!」で年間ベストが並べられたが、こういった企画に入りづらいのが復刊本だ。駒草出版から刊行された『ふくやま けいこ初期作品集1 エリス&アメリア ゼリービーンズ』と『ふくやま けいこ初期作品集2 何がジョーンに起こったか』の2冊は、柔らかい絵柄の中に濃いSF性や深い社会性を折り込んでいる作品を蘇らせて、ランキングに並ぶ新刊本に負けない喜びと驚きを与えてくれる。

『エリス&アメリア ゼリービーンズ』のSF設定としての鋭さ

 1984年1月に徳間書店から刊行された『エリス&アメリア ゼリービーンズ』を開いた時に、浮かび上がってきたのはSFとしての鋭さだ。一人暮らしをしているアメリア・イアハートという女性の家をエリスという少女が訪ねてくる。ウィルバー教育コースで育てられている子供が、母親のところに来たという設定だが、決して里帰りのようなものではない。アメリアが提供した卵子から育てられた子供が、親を訪ねられるようになって初めて会いに来たというものだ。

 あまり他人とは交流を持っていなかったアメリアにとって、子供は最初のうちは騒がしいだけの存在だった。実は当局の手違いで自分とは血のつながりもなかったと分かって、エリスと手が切れて清々したかというとそうはならず、短い交流の中で生まれた繋がりがアメリカの心を動かし、2人の交流が続いていく。

 夫婦となって子を作り育てていくものとは違った社会が成り立っている。そうした社会で生きる子供たちは早くから適性を見られ、自分に最適な道を進むようになっている。大人たちも適正に合った仕事をしながら、詩を書いたり音楽を聞いたりといった趣味もしっかりと楽しんで生きている。理想郷のようでもあり、同時に管理され過ぎているようでもある世界の姿を見せ、そうした世界だからこそ人と人とがつながる意味を感じさせてくれる物語だった。

 何にでも化けられる能力を持った生物が起こす騒動に笑い、長い年月を変わらないで存在し続けるアンドロイドの悲しみに触れることができるエピソードには、いつか訪れるかも知れない未来のビジョンが詰まっていた。童話のような語り口は藤子・F・不二雄のSF漫画に近いものがあったが、それらにはどちらかといえば毒を含んだものが多かった。ふくやま けいこの『ゼリービーンズ』は優しさと温かさに満ちていた。

宮崎アニメにも比肩する「タップ君の探偵室」

 『何がジョーンに起こったか』に収録された「タップ君の探偵室」シリーズは、探偵業を営みながらも仕事がないため喫茶店を開いているタップ君が、助手のかもきさんとともに町で起こる事件に挑むといったもの。コミカルな中にアクションもありミステリアスな展開もあって楽しませてくれた。ドタバタとした雰囲気は宮崎駿監督が東映動画(今の東映アニメーション)時代に携わった『どうぶつ宝島』や、後に手掛けた『名探偵ホームズ』のよう。そんな宮崎アニメが変わらない人気を保っている今、「タップ君の探偵室」にも同様のスポットが当たってもおかしくはない。

復刻版ではテンポ良く読めるようなセリフの改訂

 加えて今回の復刊に当たって、収録された作品は旧版からセリフが書き改められている。ストーリー展開そのものに違いは無いが、フキダシの中のセリフが縮められてシンプルになっていたり、性格が出るような言葉遣いが変わっていたりといった変更が行われている。あらゆる物事のスピードが上がっている時代だけに、見た瞬間で展開を把握して、テンポ良く読んでいけるようにしたのかもしれない。

 「何がジョーンに起こったか」の場合は、もう少し踏み込んだ変化が見て取れる。映画の町メイプルウッドで女優をしていたジョーンは、付き合っていたスタジオの社長が別の女性と婚約したと聞いて絶望する。遠くへ行きたいと嘆いた彼女の言葉を聞いたのが小道具係に紛れ込んでいたユルゲンス博士。ジョーンを謎の装置によって1936年から1980年へと飛ばしてしまう。

 すっかり様子が変わってしまったメイプルウッドに放り出されたジョーンは、作家のディックと知り合い、自分が出ている映画を見たり記事を読んだりして、そこが遠く離れた未来であることを知る。オーディションを受けて再起を狙うジョーンに見守るディックのストーリーは、最後に映画そのものを飛び越えて、現実の中で誰かと出会うことで幸せを掴むジョーンの姿が描かれる。1984年に出た旧版ではここが少し違っていて、映画そのものに視野を広げ、夢を見せる可能性があると語られている。映画の素晴らしさから人生の素晴らしさへと、視点が広がったと言えなくもない。

 一連の改訂が、40年近い歳月を経て起こった時代の変化なり、作品を通して語りたいメッセージの変化を折り込もうとしたものかは、作者のみが知るところだが、旧版を持たず比較ができない人が復刊されたものを読んでも、違和感を覚えることは絶対にない。同じように柔らかいタッチの絵柄から立ち上る人の優しさであり、キャラクターの愛らしさといったものを存分に楽しめるだろう。

 そして余裕があったら、旧版を探して取り寄せて見比べてみるのも良いし、上野の山にある銅像が動き出すという『サイゴーさんの幸せ』や、昭和初期の東京に触れさせてくれる『東京物語』といった作品を手に取って、変わらないふくやま けいこワールドにひたってみるのも良いだろう。

 そして叶うなら「猫町スケッチ」のような今回は未収録の短編を集めた作品集なり、可愛いがつまった『ふくやまジックヴック』の復刊を願いたい。

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