人間の実存を描く傑作ーー社会学者・宮台真司が読み解く『ベルセルク』

人間の実存を描く傑作 宮台真司が読み解く『ベルセルク』

 世界中で愛読されるダークファンタジーの傑作漫画『ベルセルク』。作者の三浦建太郎が2021年5月6日逝去したことで未完となっていたが、かつて三浦を支えた「スタジオ我画」の作画スタッフと、三浦の盟友・森恒二の監修によって、2022年6月24日より連載が再開したことでも話題となっている。

 後世に何を伝えたのか? 9人の論者が独自の視点から『ベルセルク』の魅力を読み解い
た本格評論集『ベルセルク精読』が、8月12日に株式会社blueprintより刊行される。

 社会学者・宮台真司は、同作を「最終的帰結がすべて決まっていることを自覚する人々が、どう生き得るか」を描いた類まれな傑作と評す。今回は一部内容を抜粋してお届けする。(編集部)

宇宙が終わることは決まっている

 どんな理想的な生き方をしても、どんな理想的な社会を作っても、世界は必ず終わる。そのことは20世紀を通じて科学者の間で完全な合意事項になった。地球温暖化を防ぐのも戦争を抑止するのも大事だが、何をしようがすべては終わるのだ。これは不思議な感覚だ。そんな感覚が『ベルセルク』という大作を手がけた三浦建太郎氏にはあったと思う。

 作中に「因果律」という言葉が出てくる。因果律ー仏教でいえば因縁、西欧科学史でいえばラプラスの魔ーゆえに登場人物らの選択もその帰結も既に決まっている。ただし水面に魚が一匹跳ねる程度の小さな未規定性だけが残っている。今日では決定論的な因果律は否定されているが、それでもあらゆる全体としての宇宙が終わることは決まっている。

 最終的帰結がすべて決まっていることを自覚する人々が、どう生き得るか。『ベルセルク』は、そんな実験的設定における実存を描いた類まれな傑作だ。正確に言えば、最終的帰結が決まっているのなら、選べる(と信じ得る)ものは実存だけだ。実存とは、世界(あらゆる全体)に対してどう構えるかを意味する。サルトルの実存主義が唱えた概念だ。

 僕は「社会という荒野を仲間と生きる」という命題を唱導してきた。不安を埋め合わせる無意識的反復としての神経症としての「言葉の自動機械・法の奴隷・損得マシン」つまりクズにならず、「損得」ならぬ「美学」を、「法」ならぬ「掟」を、生きる者同士が、互いを仲間として擁護し合う営みが、文明が終わる中で唯一の生き方だと繰り返してきた。

 コロナ禍の2020年2月にジョルジョ・アガンベンがホモ・サケルになるなと説いた。単
に生存のみが許された悼まれず弔われない存在がホモ・サケルだ。例えばローマ帝国下で十字架刑に処せられた者がそれ。鳥獣に啄まれ朽ち果てることのみが許された。イエスは、アリマタヤのヨゼフがピラトに懇願したので法外で埋葬を許された、例外的存在である。

 欧州のクリスチャンはそれを知る。だから「法に従うことが正義」という発想をクズの構え だと退ける。「言葉と法と損得」にのみ従う思考停止のクズには仲間を守る掟の美学を貫徹できない。この思考が支えるのが法を破っても人々を助けるピカレスク(悪漢ヒーローもの)の伝統だ。浄瑠璃の世話物など日本にもこの思考がある。普遍的な構えなのだ。

 この普遍性は法生活が出現した経緯による。ダンバー数以下のバンドで遊動する段階では他 の猿類同様に生存戦略×仲間意識のみで生活した。法が出現したのは定住以降だ。農耕が支えた生産力で集団規模がクラン(バンド集合)に拡大した。リアル血縁の仲間は疑似血縁(トーテミズム)の〈仲間〉に拡張。〈仲間〉は共通の法生活を送る者を意味した。

 定住を支えたのは農耕生産物のストックだから保全・配分・継承のルールが要る。農耕生産は計画的な集団的営みだから計画や集団的営みへの従属がルールになる。これらルールがあれば違背者も出てくるから違背者の処遇を巡るルールも要る。だから定住が法を要求した。社会学では法生活以降の集団を社会と呼ぶ。だから定住以前には社会はないのだ。

 社会は「日本国民」であれ「人類」であれ〈仲間〉│ 虚構の仲間│ を要求する。だから 掟と法が分化した。仲間は掟に従い、〈仲間〉は法に従う。法に従う〈仲間〉は定住に必要な 便宜から生じた。仲間を守るべく、法に従う〈仲間〉を受け容れた。だから法に従う法正義よ り、掟に従う掟美学が優先する。クズとはこの自明性が崩れた輩どものことだ。

 物語の詳細は省くが、ガッツは死んだ母親の骸から泥の中に生み落とされ、傭兵団に拾われ た孤児だ。虐待を受けて育ての父を殺害。その後は剣術の腕だけを頼りに戦場を渡り歩く。仲間など持ちようもない。それが傭兵団「鷹の団」の団長グリフィスと出会う。仲間に囲まれた 対照的な存在だ。傭兵団に受け容れられることでガッツも仲間を獲得した。

 裏腹に、人望や才能を含めてすべてを持つと見えたグリフィスは、渇望を深め、やがて道を異にする。それが物語上のポイントだ。後から仲間を得たガッツは一貫して仲間の救出を「目的」として命を賭すが、初めから仲間がいたグリフィスは仲間を「手段」として目的を達成する。掟のガッツと違い、グリフィスはやがて掟ならぬ法の主催者となるのだ。

続きは『ベルセルク精読』掲載 宮台真司 「人間の実存を描く傑作『ベルセルク』」にて

■書籍情報
『ベルセルク精読』
著者:宮台真司、藤本由香里、島田一志、成馬零一、鈴木涼美、渡邉大輔、後藤護、しげる、ちゃんめい
発売日:2022年8月12日(金)
価格:2,750円(税込)
発行・発売:株式会社blueprint
予約はこちら:https://blueprintbookstore.com/items/62de2f520c98461f50f0881e

■目次
イントロダクション
宮台真司 │ 人間の実存を描く傑作『ベルセルク』
藤本由香里 │ 三浦建太郎という溶鉱炉 -追悼・三浦建太郎-
島田一志 │ マイナーなジャンルで王道のヒーローを描く
成馬零一 │ 私漫画としての『ベルセルク』
鈴木涼美 │ 穢されないのはなぜか -娼婦と魔女がいる世界-
渡邉大輔 │ テレビアニメ『ベルセルク』とポスト・レイヤーの美学
後藤護 │ 黒い脳髄、仮面のエロス、手の魔法
しげる │ フィクションと現実との境界線に突き立つ「ドラゴンころし」
ちゃんめい│ 後追い世代も魅了した「黄金時代篇」の輝き
特別付録 成馬零一×しげる×ちゃんめい │『ベルセルク』座談会

関連記事

インタビュー

もっとみる

Pick Up!

「漫画」の最新記事

もっとみる

blueprint book store

もっとみる