松本大洋らが絶賛する漫画『ひらやすみ』の魅力とは? どこか懐かしい作風を考察

『ひらやすみ』の魅力とは?

なつかしい雰囲気を生み出す要素

 コミックス第1巻の推薦コメントでは“ノスタルジック”や“東京の下町の生活感”という言葉を用いて本作の魅力が表現された。たしかにスマートフォンが根付いている登場人物の日常からはどこか平成、もしくは昭和だった時代特有の空気感を感じる。

 本作では影となる部分に「トーン(点の集合体などの模様が印刷されたフィルム状の画材)」が張られており、夕方や夜の場面などで多く使用されている。なつみの通う大学の食堂やよもぎの暮らす高層マンションの一室、駅のホームやスーパーと比較すると、ヒロトの住む平屋には影となる(トーンが張られた)部分が多い。全体的に薄暗い平屋では、虫の張り付いた玄関の照明やなつみのスタンドライトなど、光がぽつぽつと灯る。

 また平屋やアルバイト先である釣り堀など、ヒロトが過ごす場所では空が広く描かれる。なつみが地元から建物が立ち並ぶ都会を経て、はじめてヒロトの暮らす平屋を訪れたシーンはコマの半分ちかくを空の描写が占めており、まるでヒロトが空の広く見える世界で過ごしていることを象徴しているようにも感じ取れる。

 ヒロトは作品の中心人物として描かれるため、自然と作中には空の描写が多くなる。ゆえに入道雲や降り注ぐ激しい夕立、夜に輝く星や月など、本作では季節や時間によって変化する空模様が描かれ、ときにヒロトたちの笑い声と共にカエルやヒグラシの鳴き声が空に響く。

 本作が描く薄暗さのなかで点在する灯り、そして季節や時間の変化を感じる空の存在は、本作におけるノスタルジーや東京の下町感を覚える要素であろう。自然の多い地域から高層ビルが立ち並ぶ都会に環境を映した人、社会人となり蛍光灯が明るく照らすオフィスで過ごすことが増え、子どものころよりも空を見上げる機会や季節を感じる瞬間が少なくなった人など――。そんな人はとくに本作から懐かしさを覚えるはずだ。

 つよい明かりによって照らされて生まれた影を、やさしく包み込んでくれるような懐かしさが漂う『ひらやすみ』。まるで実家に敷かれた布団の上で横になるように、疲れた心をひとやすみさせてくれる作品だ。

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