小さな島を舞台に交錯し重なり合う想い 運命に翻弄された恋物語『海神の花嫁』
※本稿は『海神の花嫁』のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。
ちょっとした糸のもつれが、複雑に絡み合い、固く結ばれてほどけない。一度もつれた糸は簡単には元に戻らないものだ。
少しのすれ違いが、年月をかけてこうも大きな溝になるとは思いもしなかった、ということは人生において少なくはないかもしれない。あのときひとこと伝えていれば、あのときこうしていれば……何度そう思ったことか。ふと、昔のように戻れる瞬間がありそうで、でも気持ちだけではどうにもならない。
そう、小純月子による『海神の花嫁』(フラワーコミックス)はそんな運命に翻弄されてしまう双子の姉妹と、ある一族とのお話だ。
舞台は、本島からフェリーで2時間離れた人口1000人程度の小さな島。海神様が造った「箱庭」と称される自然豊かな島だ。そこでは、代々海神様の末裔として高良家が島をとりまとめていた。その次期当主であるのが、朝和だ。幼少期から厳しく育てられ、いつもひとりぼっちでいた朝和は、あるとき同世代の凪と出会う。凪と朝和は島の豊かな自然のなかで仲良く遊ぶようになり、それはとても大切な、秘密の時間でもあった。
また、島では「海神様の巫女」いう、高良家の次期当主の嫁にふさわしい女子を、同世代の島に住むものから選ぶ習わしがあった。その候補にあがったのが、双子の姉妹である凪と姉の稔だ。そして、稔が高良家に嫁ぐことになる。このときを境に、双子の姉妹の運命、高良家と島の行く末も少しずつ変わり始めていくのである。自分たちの繁栄しか目にない高良家の利権争い、島全体を利用したリゾート計画……。この小さな島のなかで、住まう人たち、関わる人たちのさまざまな思惑が交錯していく。
朝和との大切な思い出でもある島の自然を守る力がほしい、外の世界に出てもっと勉強したい、という凪。因習に縛られた高良家でひとりあらがい、凪の想いや島の貴重な自然を守るために自分にできることはなにかと奔走する朝和。島の外に出て勉強したいという凪の夢を応援したい、私の夢はお嫁さんで子沢山のママになることだという稔――と、抱える想いも生き方も三者三様だが、しかし、実はそれぞれに自分の気持ちに、嘘をついている。
最初のストーリーは凪視点で進んでいくが、読み進めていくと稔視点や朝和視点でも描かれており、それぞれに何を思っているのか、この島で何が起こっているのかが少しずつみえてくる。そして、「凪のため」「稔のため」「朝和のため」「島のため」と純粋に願っていた気持ちが、劣等感や疎外感、猜疑心、絶望感など後ろ向きな感情に侵食され、だんだんと黒く深い闇に堕ちていってしまう。読者としてはぞれぞれの事情がわかるだけに、ひどく感情移入させられる。心の機微が丁寧に描かれており、読み応えのある作品だ。