文筆家にして編集者・吉川浩満インタビュー 情報収集術から人文書の潮流まで語り尽くす
黒子としての編集者
――様々な仕事をしながら執筆のお仕事をされてきて、2020年からは晶文社で編集者をされています。
吉川:晶文社に入ってからは、『デカルトはそんなこと言ってない』(2021年)、『台湾対抗文化紀行』(2021年)、『読書会の教室――本がつなげる新たな出会い』(2021年)を担当しました。
『読書会の教室』は、双子のライオン堂という書店の店長さんとライターさんによる本で、どうやって読書会を開催・運営するかを教えるガイドブックになっています。数年前から読書会が流行っていますよね。コロナ禍以降はオンラインでの読書会も盛んになっています。一人で本を読むのも楽しいですが、誰かと一緒に読むのもまた面白い。そうした楽しみ方が少しでも広がればいいなと思って作りました。
――書籍の企画というのは、どうやって考えていらっしゃるのでしょうか。
吉川:「こういう本が読んでみたい」というのが、企画を立てるときの基本になっていますね。そういう観点からものを調べていくうちに書き手を見つけるといったことがあります。あるいは面白そうな人を見つけて、その人に何を書いてもらうかを考えることも多いです。その人の考えていることや問題意識を共有して、「それだったらこういうテーマがいいんじゃないか」と考えるのは楽しいですね。
いま私は執筆も編集もどちらもやっていますが、自分でなにかを主張したり表現したりするよりも、誰かの主張や表現を黒子の立場から支援する編集のほうが性に合っているのではないかと感じています。
これからたくさん本を出していきたいのですが、もうすぐ本になりそうな企画だと、自社サイト「晶文社スクラップブック」で毎日更新していただいたライターの宮崎智之さんのコラムをまとめて単行本にする予定があります。ホラー映画におけるジェンダー表象を分析した本や、ヴィーガニズムの入門書、アメリカ史における不和や分断を数理的に分析する本を翻訳して刊行する予定もあります。
――編集者に限らず、新卒から一社に勤め続ける人は少なくありません。しかし吉川さんは、いろいろな会社で働きながら、フリーランスとして執筆を続けてこられました。そして25年ぶりにまた編集者に戻られています。
吉川:お話ししたとおり、私はかなりフラフラといろんなことをしてきました。でも、とくにフラフラしようと思ってフラフラしてきたわけではなく……行きがかり上そうなっただけという気もします。人が同じ会社に長く勤め続けるのか、あるいはいろいろな職場を転々とするのかは、偶然の結果――とくに最初とか最初のころに勤めた会社との相性如何――であることも多いように思います。
そのうえで、どちらにもメリットとデメリットがあると言えるでしょうか。ずっと同じ組織に所属している人であれば、その安定した環境を生かした仕事ができるかもしれません。その代わり、挑戦的な仕事に手を出しにくくなるでしょう。リスクをとることのハードルが上がりますから。
フラフラしてきた私の場合、身分も収入も不安定というデメリットがありました。でもその代わり、「なんか面白そう」くらいの気持ちで新しい仕事を引き受けられる身軽さがありました。晶文社の前まで従事していたケーブルテレビ局の仕事も愉快なものでしたが、それも卓球関係の知人が紹介してくれたものです。もし三菱商事や講談社で勤続20年とかだったら、そう簡単には新天地に身を投じることはできなかったのではないかと思います。
――さまざまな仕事や職場を経験したことが執筆や編集に活かされることはありますか?
吉川:どうでしょう。これは仕事に限らないことではありますが、書き物のネタが少し増えるということはあるでしょうね。あと、よしあしは別として、会社組織というのは現代社会において非常に大きな役割を担っていますから、さまざまな組織を外から内へ/内から外へと通過しながら経験することは、文化人類学的に興味深いフィールドワークになるかもしれないですね。簡単にいうと、いろいろと勉強になるかもしれません。
情報収集はルーティンとセレンディピティ
――普段はどのように情報収集されているのでしょうか。
吉川:ネット巡りと書店巡りがメインです。 ネットではRSSフィードとTwitterのリストですね。RSSって最近では使っている人がそんなに多くないかもしれませんが、ウェブサイトの更新を一覧で表示してくれるので便利です。私の場合、MITテクノロジーレビューやNature、新聞各社の科学欄などをルーティンとしてチェックしています。Twitterは、新刊情報や面白い本を紹介してくれるアカウントのリストをチェックします。
書店については、晶文社に入社して以来、一挙に便利になりました。本の街・神保町に職場があるので、ほとんど毎日、休憩がてら東京堂書店や三省堂書店を覗きにいきます。フェアや平台のチェックは楽しいですね。夢のようです。
――吉川さんと言えば、YouTubeチャンネル「哲学の劇場」での新刊紹介も印象的です。
吉川:新刊書については、新聞各紙の週末の書評欄、Book BangやALL REVIEWS、HONZといった書評サイトをチェックしています。あと、見逃したくないテーマについては、新刊.netのキーワード検索の結果がRSSフィードに流れてくるようにしています(「ウィトゲンシュタイン」「ダーウィン」など)。
情報収集は、必要最低限のルーティンだけ押さえておいて、あとは偶然に任せるという二段構えでやっています。RSSフィードやTwitterのリストを定期的にチェックしていてもなお、Twitterのタイムラインや書店の店頭などでは偶然の出会い――セレンディピティ――がありますよね。
ルーティンの項目はある程度絞ったほうがいいように思います。あまり多いと定期的にチェックするのが負担になってしまいますから。欲張りすぎると長続きしない、というのが個人的な経験です。
――最後に、今注目している動向や潮流があれば教えてください。
吉川:近年の「リベラルアーツ」「独学」「読書会」の静かなブームに注目しています。いろいろな意見があるとは思いますが、私はこの流れをポジティブに捉えています。
上記の3つはゆるやかに繋がっているように思います。どれも、必ずしも公的な研究教育機関に属しているのではないような諸個人が、それぞれの流儀で学びへの関心を持っているという状況を反映したものと考えることができるのではないでしょうか。学びにとって、各種の研究教育機関が重要であることは論を俟ちませんが、私たちが自身を解放する知としてのリベラルアーツ(イソクラテス=読書猿)を探究するのに、独学や読書会といった回路もまた、きわめて重要なものであると思います。