グライダー漫画『ブルーサーマル』はなぜ人々を惹きつける? 青い空に重なる、自由や挑戦というテーマ
漫画『ブルーサーマル-青凪大学体育会航空部-』(小沢かな、新潮社)は、女子大生がグライダーに挑むというレアな設定を描き、才能の開花や舞台訪問といった要素も持つ作品だ。3月4日からは劇場アニメも公開となり、グライダーが舞う青い空が大勢の目を引きつけている。
九州から上京して大学に入った都留たまき(つるたま)は、高校時代にバレーボールの大会で準優勝するほどのアスリートだったが、男子に告白して「体育会系だから」という理由で断られた経験から、大学ではキラキラ女子になってテニスサークルで楽しくやろうと考えていた。
ところが、打ち返したボールがフェンスを越えてグライダーを運んでいた人に衝突し、グライダーも壊れてしまった。200万円の修理代を請求されたつるたまは、支払う代わりに体育会航空部に入って雑用係をすることになったが、そこで青い空を飛ぶ楽しさに目覚めて引き込まれていく。
未経験の分野に不本意ながらも挑んだら、意外に楽しくてのめり込んでしまうという展開は、新入生が大学でダイビングサークルに引きずり込まれる『ぐらんぶる』(井上堅二原作・吉岡公威作画)や、女子高生が釣り好きたちで作る「ていぼう部」に強引に誘われる『放課後ていぼう日誌』(小坂泰之)などにも描かれる。ライセンスを取って海に潜るようになる北原伊織や、道具を揃えていろいろな種類の魚を釣るようになる鶴木陽渚と同様に、『ブルーサーマル』ではつるたまの体験を通してグライダーが持つ楽しさや大変さを学んでいける。
そして、知識も。エンジンを持たないグライダーが空に舞い上がるのは、地上に据え付けられたウインチを時速100kmで巻き取ってグライダーを引っ張り、凧のように浮かび上がらせるから。そこから先、エンジンがないからグライダーはだんだんと高度を下げていくが、上昇気流にうまく乗れば高度を上げてさらに飛び続けることができるという。
タイトルになっている「ブルーサーマル」はそんな、雲などを伴っておらず目には見えない上昇気流を指す言葉だ。飛行中にそれをつかめるかどうかで、パイロットの力量が別れる。ブルーサーマルを感じ取る才能があったつるたまは、雑用係から選手に抜擢されて青凪大学航空部が目指す全国制覇に欠かせない存在になっていく。
素人が実は天才だったというのも、自転車によるロードレースがテーマとなった『弱虫ペダル』の小野田坂道をひとつの例に、スポーツ漫画で人気のフォーマットだ。もしかしたら自分にもあるかもしれない才能を、引き出してくれるスポーツかもしれないと思わせ読者を引きつける。
自転車に乗る人も増やしたが、同じように『ブルーサーマル』がグライダー乗りを増やすかというと難しい。キャンパーを増やした『ゆるキャン△』(あfろ)や、山歩きをしてみたいと思わせた『ヤマノススメ』(しろ)などとも違って、グライダーは誰もがすぐに始められスポーツではないからだ。
まずお金がかかる。そして場所を選ぶ。自転車なら近所を走り回れるし、釣りだったら海がなくても川や池があれば楽しめるが、グライダーはどこに行ったら飛べるのか? そこで作者の体験が参考になる。小沢かなは法政大学でグライダーの経験があって、漫画にはその時のことが描かれている。
東日本学生航空連盟のサイトを見ると、法政だけでなく意外に多くの大学に航空部があって、グライダーを飛ばしていることが分かる。人気声優の小松未可子がアニメで声を担当している矢野ちづるというキャラクターは、関西の大学で航空部を率いている。どうやら航空部は全国にあって大会で激突しているらしい。本気でやりたいと思ったなら道は探せそうだ。
この矢野ちづるがつるたまとは因縁の間柄で、物語では気力や体力に溢れているように見えるつるたまが、実は心に不安を抱え居場所の無さに悩んでいることと繋がってくる。『ブルーサーマル』は、自分に自信がなく迷い続けている人が、自由になれる場所を見つけるドラマにも触れられる作品なのだ。