羽田圭介が考える、初体験の価値「”チャレンジしてハッピー”は幻想。その先に行き着くために」
これからチャレンジしたい初体験は?
——たしかに、さまざまな初体験に挑戦すると聞くと、一つ一つを通して大きく変化していく内容を想像します。でも実際に読んでみると、もともとあった自分の軸に気づいていくような内容でした。
羽田:「チャレンジしてハッピー」という本ではないですよね。それは初体験への幻想だと思います。その幻想の先に行き着くために、初体験を繰り返す必要がありますが。
最近、資料として脳科学や遺伝の資料をたくさん読んでいるんですよ。そのうちに辿り着いた真実として、人間は年齢を重ねるほど育ちの影響から離れ、生まれ持った素質が露わになっていくのではないかというものがあります。自分自身を振り返ってみると、両親は全然本を読まないけど、なぜか僕は本を読むのが好きで、小説を書いてデビューしている。これは何なんだろうと思うわけです。親に文を書く才能があったとも思えないし、家に本が沢山あったわけでもない。環境因子の影響も考えにくいわけですよね。だったら、遺伝子のいたずらでこうなっただけなのでは? と。
2017年に『成功者K』という小説を出しました。ものすごい成功を収めたと思っている自信過剰な主人公が、実はその成功は奇跡的な偶然の上に成り立っているだけなんじゃないか、という恐ろしい真実に気付いてしまい、自我が保てなくなっていくという内容です。それを書いた頃くらいから、努力や環境はどれだけ人生にかかわっているんだろうと考え続けています。
——その中で、人が変わるためにはどうしたらいいのでしょう。
羽田:人って、実体験を通してでしか変われないのかなと思うんですよね。最近は人にアドバイスすることもほとんどなくなりました。言葉で言うだけで人を変えることって、難しいんじゃないかと思い始めて。反対に僕も、人からの直接的なアドバイスに従えないからこそ、失敗したりもするわけで。
ただ、小説やエッセイを読むことって、実体験に近いことなんじゃないかと思うんです。人が何かを体験する時は、空間があり、そこに誰かがいて、なにかを経験しますよね。小説はそれに近い感覚を再現できます。直接的な言葉では難しくても、風景や登場人物の間接的な言い方によって、その人自身の経験になるようなものを書くことができれば、何かを変えられるのではないか。
その意味では、デビューから18年が経った今、ようやく小説のすごさがわかった気がします。小説でしか伝えられないことってたくさんあるんだなって。
——その感覚は、『三十代の初体験』を読んだ人にももたらされると感じますか。
羽田:そう思います。そうなるように、体験したことを正直に書くようにしました。中には怒られそうな表現もありますけど、本当に感じたことをちゃんと書かないと、読者の体験にならないと思ったからです。だからつまらなかったことも、突拍子のない結びつきも、あえて省かないようにしています。体験そのもののように読んでもらうためには、全部書く必要があったんです。
——体験のテーマとは関係ないところで筆が乗っている回もあって、予定調和に陥らない文章にはそんな思いがあったんですね。羽田:いろいろな体験をしましたが、体験そのものより人との出会いで感動することも多かったです。料理専門の家事代行を頼んだ時は、料理を作ってくれる方が一秒たりとも無駄にせずひたすら作り続ける姿が、命尽きるまで戦おうとする戦士のようで感動しました。酸素の薄い空間を再現したジムでの「高地トレーニング」の回では、トレーナーの山田さんが御自身の勤めるジムではなくゴールドジムをすすめてくれたことに、筋肉への偏愛を感じました。思わぬかたちで純粋な気持ちを持ったプロに出会えるのは、初体験のいいところですよね。
——最後に来年やってみたい初体験はありますか?
羽田:ミュージックビデオを作らなきゃと思っています。7月に『Phantom』という小説を出したんですが、そのための楽曲を作ったんですよ。その時に音楽ビジネスの本を読んだら「今の時代はミュージックビデオを作らないと話にならない」と書いてあって。話にならないなんて書かれたら、作るしかないじゃないですか。
正直、「面倒だな」って思いました(笑)。だけどそれ以上に、面白そうだなと思えて。初体験のエッセイを書いていた時と同じく、ミュージックビデオ撮影のためのTo Doリストはたえず更新されています。『三十代の初体験』をとおしてみて、やったほうがいいことはやる、という癖が強固になったかもしれませんね。
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