芥川賞作家・遠野遥、クリープハイプの新アルバムに寄稿「想起したのは太宰治の『人間失格』だった」

遠野遥、クリープハイプの新作に寄稿

 クリープハイプが12月8日、約3年3カ月ぶりとなるニューアルバム『夜にしがみついて、朝で溶かして』をリリース。音楽ファン待望の一枚に、芥川賞作家・遠野遥が深く鋭いライナーノーツを寄稿している。

 弱冠30歳、いま最も注目を集める若手作家の一人であり、音楽にも造詣の深い遠野。彼は、自身も作家として活躍する尾崎世界観を中心として、クリープハイプが描き上げた新たな世界をどう聴き、どう読んだのかーーリリースに先立ち、その全文を公開する。(編集部)

遠野遥(とおの・はるか) 1991年神奈川県生まれ。2019年、『改良』で第56回文藝賞を受賞しデビュー。2020年、『破局』で第163回芥川龍之介賞を受賞。2022年1月7日に初長篇となる『教育』を刊行予定。 

小説家・遠野遥によるライナーノーツ

 常に現実を正面から受け止めようとするとボロボロになるから、そんなことはしなくていい。しかし、いつも現実から目を背けてばかりいると結局自分が痛い目を見ることになるから、上手いこと折り合いを付けてやっていったほうがいい。折り合いの付け方はそれぞれだが、『夜にしがみついて、朝で溶かして』の場合は言葉遊びを用いることで現実に対処していると感じた。

 「もう何もかも振り切るスピードで」という歌詞で一気にアクセルを踏み走り抜けていくようなサビが印象的な06「しょうもな」はドラマ『八月は夜のバッティングセンターで。』のオープニングテーマでもある。「キスしたらスキ」「まさか逆さま」などの言葉遊びを繰り返した後で「これまだやるの だから言葉とは遊びだって言ってるじゃん」とあるが、言葉遊びは01「料理」から15「こんなに悲しいのに腹が鳴る」までほとんどの楽曲に盛り込まれている。尾崎にそのような意図はないだろうが、歌詞を全曲通して読んで想起したのは太宰治の『人間失格』だった。執拗に言葉遊びを続ける尾崎が必死の思いで道化を演じ続ける主人公の葉蔵と重なったのだった。

 また、02「ポリコ」を聴いて思ったのは、相手を傷付けたり、見下したりするのが目的としか思えないようなやり方で「正しさ」を振りかざす人々の醜悪さだ。自分を律したり、社会をより良い方向に変えていくために正しさを追い求めるのはもちろん素晴らしいことだが、あの人は正しくないからという理由で誹謗中傷したりしてもいいかというとそんなことはない。というようなことをまず考えたが、「ポリコ」からは自分の外部へと向かう苛立ちのほか、自分に向かう苛立ちも感じられ、解釈の幅のある楽曲だと思った。

 09「ナイトオンザプラネット」はアルバム制作の発端になった楽曲であり、『夜にしがみついて、朝で溶かして』というタイトルもこの曲の歌詞から来ている。アルバムの軸であると同時に、iPhoneでドラムの音を録るなど大胆な試みもあり、ノリやあえて特徴を抑え話しかけるような歌い方などから、クリープハイプの新境地を感じる。

 着想の源になったとされる映画『ナイト・オン・ザ・プラネット』は、ロサンゼルス、ニューヨーク、パリ、ローマ、ヘルシンキを舞台にタクシードライバーと乗客の人間模様を描いたジム・ジャームッシュ監督によるオムニバス形式の作品。歌詞に「今もあの花のとなりでウィノナライダーはタバコをくわえてる ライターで燃やして一体何本吸った」とあるが、ウィノナライダーは、ロサンゼルスのタクシードライバーを演じていた女性の役者だ。当初タクシードライバー役を想定していた男性が出演できなくなり、代役として出演したという経緯がある。

 もしウィノナライダーが『ナイト・オン・ザ・プラネット』に出演していなかったら、クリープハイプの「ナイトオンザプラネット」も全く違った楽曲になっていたのかもしれない。この歌詞の登場人物には全く違うストーリーがあったかもしれないし、そもそも『ナイト・オン・ザ・プラネット』が尾崎に届くことさえなかったかもしれない。何かが少し違っていただけで現在は全く違うものになっていたのだろう、ということをこの楽曲を聴きながら考えた。

 2022年には、この楽曲を受けて松居大悟監督による映画『ちょっと思い出しただけ』の公開が予定されているという。『ナイト・オン・ザ・プラネット』から「ナイトオンザプラネット」が生まれたように、今度はこの映画から影響を受けた音楽や物語が生まれたりもするのかもしれない。

 13「モノマネ」は2020年公開の映画『どうにかなる日々』の主題歌でもあり、2009年に発表された「ボーイズENDガールズ」の続編にあたる楽曲だという。YouTubeには尾崎がコインランドリーでギターを抱えて「ボーイズENDガールズ」を弾き語る2009年公開の動画が残っている。2020年に公開された「モノマネ」のmvと対比させて観るのも感慨深いかもしれない。

 1番のBメロで左側から聞こえるギターを右のギターが追いかけ、「何から何までそっくりだった」で二本のギターが重なるのも一種のモノマネということだろうか。歌詞の中に登場する、同じ家に帰り同じテレビを見て笑っていた幸福そうな二人の関係はその後、「どこにでもある毎日が 今もどこかで続いてるような 気がして 探して」、「今更泣いても酷いモノマネだな」とあることから終わってしまったと思われるが、序盤の「それから体 洗い流せば おんなじ匂い 嬉しくなって でもその分 小さくなる石鹸」が既に別れを示唆していたとわかり切ない。

 全体として、これまでのクリープハイプの楽曲と比べ弾かない部分や叩かない部分が増し、夜に静かな部屋でじっくりと何度も繰り返し味わいたくなるような、良い意味で余白のあるアルバムになっていると感じた。これまでの作品との連続性を感じさせる部分がありながらも随所に新しい試みがあり、その塩梅が心地いい。

リリース情報

クリープハイプ
『夜にしがみついて、朝で溶かして』
2021年12月8日リリース

CD予約サイト一覧
https://creephyp.lnk.to/6thAL_Reserve

<特装盤(完全受注生産)>
価格:¥7,700(税込)/ 品番:PROS-1920
仕様:CD+歌詞集『ことばのおべんきょう』
・特装盤特別仕様
・ゴムバンド(アメゴム)
・歌詞集(『ことばのおべんきょう』限定特別仕様 512P(120曲収録))

<初回限定盤>
価格:¥6,600(税込)/ 品番:UMCK-7147
仕様:CD+Blu-ray
・初回限定盤特別仕様 + ブックレット48P
・Blu-ray:『クリープハイプの日 2021(仮)』ライブ映像ほか収録予定

<通常盤>
価格:¥3,300(税込)/ 品番:UMCK-1705
仕様:CDのみ
・ジュエルケース+ブックレット24P

※各形態初回プレス分:2022年全国ホールツアー チケット先行予約シリアルナンバー封入

【CD収録曲(各形態共通)】
01. 料理
02. ポリコ
03. 二人の間
04. 四季
05. 愛す
06. しょうもな
07. 一生に一度愛してるよ
08. ニガツノナミダ
09. ナイトオンザプラネット
10. しらす
11. なんか出てきちゃってる
12. キケンナアソビ
13. モノマネ
14. 幽霊失格
15. こんなに悲しいのに腹が鳴る

【店舗特典】
Amazon.co.jp【メガジャケ】
HMV【詩めくりカレンダー(絵柄A)】
タワーレコード【詩めくりカレンダー(絵柄B)】
TSUTAYA RECORDS【詩めくりカレンダー(絵柄C)】
UNIVERSAL MUSIC STORE / クリープハイプオンラインショップ【詩めくりカレンダー(絵柄D)】
ヴィレッジヴァンガード【詩めくりカレンダー(絵柄E)】
楽天ブックス【チケットホルダー】
その他・一般店【B2告知ポスター】

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