綿矢りさが語る、デビュー20年作で描いた”疲弊しない生き方” 「鈍感なのは悪いことではない」

綿矢りさが語る『オーラの発表会』

 綿矢りさが新刊『オーラの発表会』(集英社)を8月26日にリリースした。他人の気持ちが分からない鈍感な主人公・海松子(みるこ)の不器用な生き方が愛おしく綴られた”恋愛未満小説”だ。

 本作は、恋愛を通して人間と人間の関わり合いを繊細に描いてきた綿矢りさのデビュー20周年作でもある。このタイミングで、あえて鈍感な主人公を描こうと思ったのはなぜなのか。話を聞くと、そこには、SNSの発達とコロナ禍によって直接的なコミュニケーションの機会が減ってしまった今こそ感じてほしい言葉がたくさんあった。(とり)

【インタビューの最後に、綿矢りささんのサイン入りチェキプレゼント企画あり】


鈍感な主人公を書いてみたかった

――本作の主人公・海松子(みるこ)は、綿矢さんのこれまでの作品の中でも、かなり変わり者ですね。

綿矢:これまで、他人に対して敏感な主人公を多く書いてきたので、ここにきて自分流に生きている、ちょっと鈍感な主人公を書いてみたくなりました。他人の気持ちにうまく気づけない彼女が、どんな学生生活を送って、どんなタイプの子と仲良くなるのかを書きたくなって。

――女性の心理描写を繊細に表現してきた綿矢作品の主人公としては、珍しい設定だと感じました。

綿矢:そうですね。海松子は大学生なんですけど、感じたことをそのまま口に出してしまうような、どこか子どもっぽい女の子。そのわりに嗅覚が優れているから、コミュニケーションの一環として、人が話している息の匂いを嗅いで「お昼ご飯は〇〇を食べましたか?」みたいな失礼なことも平気で言っちゃいます。でもそれは相手を傷つけたいのではなく、海松子なりにただ会話を広げようとしているだけなんですよね。不器用ではあるものの、ストレートな素朴さを持つ主人公やったので、書いていてとても楽しかったです(笑)。

――「書いていて楽しいんだろうなぁ」というのは読んでいて感じました(笑)。今回、舞台を大学に設定したのはなぜですか?

綿矢:大学生になるタイミングで一人暮らしを始める人って多いじゃないですか。私もそうやったんですけど、初めて一人暮らしをしたとき、日用品を買いに行くとか、毎日ご飯を作るとか、全部親がやってくれていたんやなぁってことにようやく気付いたんです。

 特に海松子は、身だしなみに関することも全部母親にやってもらっていた子ですから、一人暮らしを始めてから変化が訪れます。改めて自分が周りからどう見られているのかに向き合う時期として、いちばんピッタリなんじゃないかと思い、大学を舞台にしました。

――海松子の変わった性格の話でいうと、人の息の匂いで何を食べたか当てるシーンや唾のシーンなど、ちょっと嫌な視点だなぁと(笑)。

綿矢:そうですよね、すみません(笑)。私も書きながら「ちょっと汚い表現やけど、大丈夫かな?」と心配でした。でも、海松子の他人を観察する視点の遠慮の無さみたいなものは十分伝えられたと思っています。

――その反面、お腹が空いてくるような、素敵な食の細かい描写もあるという(笑)。大学生でぬか床を持っていますからね。

綿矢:自分が大学生やった頃の食事を思い出しながら、学食や大学周辺にあるレストランでの食事シーンを書いたので、懐かしい感じがありました。あと海松子が実家で食べていた料理って、時代と逆行したものが多かったんですよね。それに、実家で出されていた料理を自分で作ってみたとき、なかなか実家で食べていた味にならない経験ってありませんか? この感覚も、一人暮らしを始めたての大学生ならではですよね。

――実家で食べていたような料理に特別なこだわりがあるわけじゃなく、学食ではちゃんと大学生らしいメニューを選んでいるのが海松子らしいですよね。

綿矢:そうそう。五感が敏感なわりにあんまりグルメじゃなくて、どちらかというと食に無頓着な子なんです(笑)。

コロナ禍で失われた感覚

――2019年に刊行された前作『生のみ生のままで』では、女性同士の恋愛を書かれていましたが、そこから本作を書き始めるまでには、どのような経緯がありましたか?

綿矢:実は、書いた順番は本作の方が先でした。本作を書き終えたあと、今まで女性同士の友情をテーマにしてきたから、今度は女性同士の恋愛感情を書きたいと思って、前作『生のみ生のままで』を執筆した流れになります。

――なるほど! 少し前の時代の情景が浮かんでいたので、納得できました。確かに『生のみ生のままで』のあとだと、このような作品はなかなか生まれなかったような気がします。

綿矢:私自身、数年前の小説を読んでいるときに、コロナ禍になる前は相手の気持ちを感じ取るための手がかりがこんなにたくさんあったんだと気づかされました。今はみんなマスクをつけているから、物理的にも感情的にも、見えづらくなった部分がたくさんありますからね。本作で海松子はちゃんと大学に通えていますし、その場で友達も作れています。今はそれが叶わない時代になってしまったと思うと、全く違う世界の作品のようにも感じられるかもしれないですね。

――もう別世界の話のようです。本作の主人公・海松子や友人の萌音も、周りから理解されにくい性格をしていると思います。綿矢さんは過去作含め、一貫してそのような理解されにくい人物を描き、その上で「どう相手を理解しようとするか」ということを書かれていますよね。

綿矢:そうですね。見た目や話した感じでは分からなくても、やっぱり人それぞれ抱えている事情がありますから。その上でみんな頑張って生きているんやってことは、常々思っています。

――特にコロナ禍になってからは、全体的に他人の事情を考える余裕がなくなってきた実感があります。だからこそ、今、本作が刊行される意味があるように思います。物語として読むことで見えづらくなっていた他人の事情について、理解しようと思える人が増えるんじゃないかなって。

綿矢:ありがとうございます。……伝え方って難しいですよね。標語で簡潔に伝える方が多くの人の耳に届くかもしれへんけど、語弊も生まれやすいですし。私も物語の力は信じています。本作から少しでも、他人の事情について考える大切さを感じてもらえたら幸いです。



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