「もし、あの時こうしていたら」選ばなかった人生を想像する痛切な物語 カツセマサヒコ『夜行秘密』

選ばなかった人生を想像する痛切な物語

 これは、幾重にも重なった「後悔」の物語だ。「あの時、こうしていれば」「あの時、こうしなければ」彼は/彼女は……と思いをめぐらせ、失ってしまった恋をいつまでも胸に抱いている登場人物たちの物語。

 恋は往々にして、自分の予想とは遥かにかけ離れたところで爆発し、気づいたら取り返しのつかないことになっていることばかりだ。彼らの恋は、思わぬところで連鎖していく。意図せずして誰かが誰かを傷つけ、苦しめ、焚きつけ、それゆえに彼らの人生は動かされていく。まるで何かに導かれるように。何に? それはきっと、彼らが信じ込んでいる「愛」というものに違いない。

 「どうしてこうも私は、いとも簡単に、自分は誰かを救えると勘違いできるのでしょうか」と登場人物の一人が言った。

 SNSの熱狂と炎上や、マスメディアの過剰報道、パワハラ・セクハラ、家族や恋人からの暴力。「自分を含め、多くの人が中途半端に汚れているくせにそれを隠して綺麗なフリをしている世界」において、彼らは普段ヘラヘラと取り繕いながら生きていたとして、ある日突然見つけてしまうのだ。自分と同じ匂いがする誰かを。互いを救いたいと思わずにいられない誰かを。「俺たち二人だけ、世界からズレてる」と思わずにはいられない誰かを。それに気づいた途端、相手に向ける「笑顔の質」が変わる。そんな、恋が始まる瞬間の描写の生々しさに、きっと読者もかつての恋の記憶を呼び起こされるだろう。

 そんな「目の前にいる相手を救えるかもしれない/救えたかもしれないのに」という切なく哀しい「奢り」のようなものが連鎖していく後半部分の怒涛の展開は、一息で読まずにはいられない。

 7月2日に発売された小説『夜行秘密』は、2022年に北村匠海主演で映画化も決定している『明け方の若者たち』の著者・カツセマサヒコの新作である。また、川谷絵音率いるバンドindigo la Endとのコラボレーションによる作品であり、同名アルバムの全14曲を1作の小説として、カツセ独自の解釈により紡いだ物語だ。

 映画やテレビドラマのノベライズと違って、あまり聞き馴染みのない「音楽のノベライズ」という新しいジャンルを開拓しているのも興味深い。あくまで楽曲の世界観をモチーフに作り上げた小説であるため、小説は小説、楽曲は楽曲で、全く別物として楽しめる。読んでから聴く、聴いてから読む、聴きながら読む、もしくは、読んでから聴いて、もう一度聴きながら読むなど、楽しみ方は様々である。一冊で2度3度美味しい、これまでにない小説と音楽の試みとしても特筆すべきものがある。

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