『進撃の巨人』最終巻で描かれた「最大の謎」 ミカサの夢が意味するものとは?
ミカサはなぜエレンを殺す決断をしたのか
いずれにしても、今回のループした世界では、ミカサが「家族」と答えたことにより、エレンは彼女(や仲間たち)の前から姿を消した。そして、恐ろしい「地鳴らし」が始まった……。
夢から覚めたミカサは、“すべて”を理解し、エレンの“暴走”を止めようとする。本心では、いつものように二人で山小屋に逃げたかったことだろう。だが、いま目の前で起きているのはこれまでとは違った形の“現実”だ。
つまり、ミカサは、いま、そこにいる、“現実のエレン”の願いを命がけで叶えてやろうとしたのではないだろうか。その願いとは、いうまでもなく、ミカサをはじめとした調査兵団の仲間たちを救うために、あえて悪魔になった自分を殺してくれというものだ……。
――というのが、私のやや強引な見解であるが、おそらく賛否両論さまざまなご意見があるだろう(注・念のため書いておくが、「ループ説」自体は、別に私の持論というわけでもない)。たとえば、上記の文章を読んで、当然出てくるであろう、「なぜ、ミカサはループしていたのか?」という根本的な疑問には、はっきりとした答えを持っていない。
強いていうならば、「始祖ユミル」が、ミカサのことを自分の「分身」ないし「生まれ変わり」だと思い、「巨人がいる世界」をいったんリセットするために、彼女と、彼女が愛する男(=エレン)によって、やがてなんらかの化学反応が起きることを期待して、(ミカサの中に入り込んで)何度も世界をループさせていたのかもしれない(なお、最終話でエレンは、ミカサこそがユミルに選ばれた存在だったとアルミンに伝えており、そのミカサも、ユミルに向かって「あなただったのね… ずっと私の頭の中を覗いていたのは…」といっている)。
ちなみに、第138話で描かれている他の“小さな謎”のひとつとして、なぜ突然、ミカサに「エレンは口の中にいる」ということがわかったのか、というものがあるのだが、これなどは、彼女の頭の中にユミルがいるのだとすれば、知っていても別におかしくはない、ともいえるだろう。
諫山創は“現代の神話”を生み出した
さて、最後にひとつだけ。長い物語を締めくくるエピローグの1シーンで、エレンの墓石の傍に腰掛け、彼のことを懐かしんで涙を流すミカサの姿が描かれている。その時――エレンの分身とおぼしき白い鳥がどこからともなく飛んできて、嘴(くちばし)を使って彼女のほどけたマフラーを優しく巻いてやる。再び飛び去っていく鳥。ミカサは空を見上げてこうつぶやく。「エレン… マフラーを巻いてくれて ありがとう…」
この場面は、本当に美しい。いや――『進撃の巨人』では、ミカサがエレンに感謝を伝える場面が他にも何回か出てくるのだが(第6話、第50話など)、そのいずれもが、活き活きとした彼女の表情のアップとともに描かれている。連載当初から、諫山創の画力について疑問視している向きもおられようが、私は、このミカサの感情表現ひとつとっても、「漫画家・諫山創の絵の力」はハンパないと思っている。
その後の展開を見てみると、おそらくミカサの傍には、ずっとジャンが寄り添っていてくれたのだろう。そして、今度の彼女の人生はループなどせずに、新しい命をつないで、静かに幕を閉じていく……。
すごい物語だ。ミカサの埋葬のカットのあとに描かれている近代的な戦争の始まりや、エレンを「始祖」とする巨人の誕生を予感させる最後の1コマといい、諫山創は初の長編連載作にして、恐ろしくも美しい“現代の神話”を見事に描き切ったといっていいだろう。
■島田一志……1969年生まれ。ライター、編集者。『九龍』元編集長。近年では小学館の『漫画家本』シリーズを企画。著書・共著に『ワルの漫画術』『漫画家、映画を語る。』『マンガの現在地!』などがある。https://twitter.com/kazzshi69