「うんこには、すべてをぶち壊しにするパワーがある」『うん古典』筆者が語る、日本人のうんこ観

『うん古典』著者が語る、日本人のうんこ観

「古典文学はあまりに敷居が高くなっている」

ーー大塚さんが「古典オタク」になったきっかけを教えてください。

大塚:うちの母親は小さい頃、戦前のニューヨークで暮らしていたんです。終戦後の翌年、祖父が亡くなって生活が激変したこともあって、母親は日本に帰ってきてからも「アメリカはよかった」というのが口癖でした。あまりにも「アメリカはいい」とばかり言うので、私は小学生の頃から、日本ならではの良いものを意識的に探すようになっていたんです。

 日本ならではのものといえば、歴史や古典文学だなと思いまして、いわゆる歴ヲタ、古典オタクみたいな感じになったんですね。小学生のときから訳文で『竹取物語』は読んでいましたが、中学生になって「原文で読んでみたい」と思ったときに『宇治拾遺物語』は短編集だから「簡単に読めそうだな」と思って読み始めたんです。それが予想以上に面白くて、そこから本格的に「私は古典でいこう」となっていきました。

ーーそのなかで、性やうんこにまつわる話に注目してきたのはなぜですか?

大塚:古典文学はあまりに敷居が高く見られているんです。私のような古典オタクからすると、古典はほとんどが「エログロ」の世界なのに、なんかもったいないなって思うんです。読めば絶対に面白いのに、こんなに身近な話題がいっぱいあるのにって。

 古典というのは当たりはずれがないんですよ。1000年、1200年のあいだ残っていて、時の試練に耐えてきたわけですから。だけど、同じ古典でもたとえばギリシャ神話を原文で読もうと思ったら、研究者でもなければ難しい。だけども古語は、日本人であれば何とか読めるレベルだと思うと、宝の持ち腐れのように思うんです。古典の面白さを発信して共有できたらなあと。その気持ちが強いんです。

ーー古典にも英米文学のように、訳者によって違いはあるのでしょうか。

大塚:作家の町田康さんの『宇治拾遺物語』の訳(『日本霊異記/今昔物語/宇治拾遺物語/発心集』の一編)は面白かったですね。小学館の『日本古典文学全集』は本文の上に注釈が入っており、逐語訳の現代語訳があるので、そうしたものが先入観もなく楽しめるかなと思います。原文を読みながらもわからないところは、現代語訳で読めますから。でも古典に興味を持ってアプローチできるのであれば、マンガでも何でもいいかなと思います。

ーー古典文学にも、現代の作品のように心情や人の気持ちといったものは描かれているのでしょうか。

大塚:書かれています。例えば藤原道綱母(ふじはらみちつなのはは)の『蜻蛉日記』は、一夫多妻で自分の他にも妻が複数いる時代の話なんですが、他の女が産んだ子供が死んでしまうんです。すると「ざまあみろ」というようなことを書いているんですね。「いまぞ胸はあきたる」。つまり「今こそ胸がスッとした」と。

 たとえそう思ったとしても、普通書きませんよね。今の感覚ならその気持ちを隠すじゃないですか。なのに、ちゃんと自分の醜い部分を見すえて書いている。嫉妬していることに気づいたということ自体、まず偉いなあと思いますし、さらにはそれを書いて残している。すごく理性的な人だなと思いますね。そんな風な気持ちを書いた古典文学というのもあるんです。

ーー現代に通じる部分があるということですね。

大塚:『紫式部日記』だったら、宴会で酔っ払ったおっさんがパワハラとかセクハラみたいなことをしてきて嫌だとか、「逃げたい」みたいなことも書いてあるんです。今の働く女性の苦しみや苦悩に共通するものが、すでに1000年前に書かれているんですね。

 平安時代には女性の官僚がいたり、宮廷でバリバリ働いている人が多いから、働く女性が少ない時代だったらわからなかったようなことが、今の時代に読み直して初めてわかるみたいなことがあるんですよ。

 古典は未来へのメッセージが詰まっているから新しい発見があるんです。「パワハラ」という言葉がなかったからといってパワハラがなかったわけでもないし、「毒親」という言葉がなかったからといって毒親がいなかったわけでもない。そうしたものが古典文学には書かれていて、それを発見するのも古典の楽しみですね。

■書籍情報
『うん古典―うんこで読み解く日本の歴史―』
著者:大塚ひかり
出版社:新潮社
価格:1,705円(税込)
発売日:発売中

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