花田菜々子、新井見枝香、大塚真祐子……多様な発信で本を読者に届ける書店員たち
今年3月に刊行された伊藤比呂美『ウマし』(中公文庫)の巻末解説も素晴らしい。この本は個人的にも時折楽しんでいる、食や、海外国内における伊藤の日常を中心としたエッセイ集だが、文庫化されるにあたって解説を書いたのが大塚だと聞き、常に忖度ない言葉で人の心を響かせる伊藤の作品にぴったりだと思った。
改めて読んでみると、やはり本の始まりから解説の終わりまで、2人の息が合っている。全く別々の人生を歩んでいるのに、気が合うとか価値観が同じであるという説明しやすい理由ではない、生きていくなかで抗えない流れの中にいた2人が、奇跡というより必然に出会ってシンクロしていく。その自然体の光景に、一瞬を切り取ったような大塚自身のそれまでの来し方が、流れながら映し出される。
たとえば生ぬるい風の吹きすさぶ夜半、蛍光灯の平板な明るさにさらされて、家までの道を一歩また一歩と、足を進めるごとに自分の体が音もなく削がれていくような、刺身のように筋や血管をすきとおらせ、来た道を削がれた自分がおり重なっていくような感覚におそわれ、もうだれかの正しさを生きるのに疲れ果てた、わたしはあなたの母でも娘でも妻でも恋人でもなく、本当は欲望の在処をなぞってくれる指がほしいだけなのに、指がすぐ意味になろうとすることにもうんざりして、わたしはひたすら感情ではみ出したい、どこまで間違えてわたしはわたしをわからなくしたい、と思ったとき、わたしには伊藤比呂美の言葉があった。それは暗闇をするする伸びて、わたしの目の前へと流れてきた。次から次へと流れてきた。
著者に呑まれるわけでも追従するのでもなく、飽くまでも伴走するという姿勢が見えてくる。それはおそらく作家を尊重する上での譲れない矜持なのだろう。とても評者としての真摯な想いが表れている。
筆者の知人の書店出版関係の人から、大塚が作家からいかに信頼されているかという評判をたびたび聞く。それは彼女が色々配慮をし丁寧に陳列した売場を、一人の来店客として訪れて見ても頷けるのではないだろうか。正直、つくづくかなわないと感じるのと同時に、こういう人が書店員でいることを同業者として誇りに思っている。
■山本亮
埼玉県出身。渋谷区大盛堂書店に勤務し、文芸書などを担当している。書店員歴は20年越え。1カ月に約20冊の書籍を読んでいる。マイブームは山田うどん、ぎょうざの満州の全メニュー制覇。