「小説家は儲かる職業」 松岡圭祐が明かす、ベストセラー作家の収入とその創作メソッド

松岡圭祐が語る、小説で稼ぐ方法

小説が小説となるのは、読者の脳内

ーー本書は大きく、売れる小説を書いて小説家になるための「小説家になろう」と、デビュー後にどうすればより稼げるようになるのかを指南する「億を稼ごう」の2部構成となっています。まずは前者の「小説家になろう」について、そもそも現代小説とはどういう商品なのかを丁寧に紐解いているのが印象的でした。改めて松岡さんが考える「現代小説」の特徴について教えてください。

松岡:小説が小説となるのは本のページ上ではなく、読者の脳内です。漫画や映像作品にも同じことが言えますが、それらの場合は画が表現です。小説は物語の理解について、読者の想像力に大きく依存します。五感に直接的に訴えるわけではなく、文章のみで想像を誘発し、読者の脳内に物語を醸成します。

 若者のみならず全世代の「活字離れ」が指摘されたり、漫画や映像作品が表現手段の主流になるのを嘆いたりする声がありますが、これらは憂う状況ではありません。そもそも文章で物語を理解するには、前もって「言葉の意味」を知らねばなりません。特に名詞は、それが何であるかという知識を求められます。

 視覚的イメージがあふれる現代において、読書時の連想の手がかりは、誰もが目にするテレビ番組、配信動画、イラストや漫画に存在します。映像のフィクションあるいはノンフィクションにより、読者はすでに視聴覚における無数のイメージを記憶しており、文章表現による描写に対し、具体的かつ明瞭に想起できます。これは登場人物の内面の描写に重きを置いた純文学でも同様です。目に浮かんでくるような情景は、ほとんどが映像メディアの影響下にあります。

 かつて活字に親しんだ世代は、意味が分からなくてもおおまかに解釈していくことが、読書の知的な楽しみのひとつだったと懐古します。しかしそれゆえ読書を楽しめる層は、昔のほうが限定されていたとも言えます。

 小説はただの「活字による映像の代用品」ではありません。いわゆる「第四の壁」を意識せざるをえない映像作品に対し、読者の脳が思い描く小説の世界観は、当人にとってより現実的かつ魅力的になりえます。ゆえに時として、いっそう深い没入感を生じさせるところに、読書の醍醐味があります。

 すべての現代小説は映像世代の脳を前提に書かれており、映画が登場する十九世紀以前の文学とは明確に異なります。もはや文学は、漫画や映像作品と対立するものではなく、それらあってこそ成り立つ芸術です。視覚メディアを通じ、人々は物の名称を知るなど、可視化された知識を貯めこんでいます。この映像から得た知識が、読書の大きな助けとなるため、活字を楽しめる層は昔より広がっていると言えるのです。

 しかし漫画や映像作品を好む人々が、みな小説読者になるわけではありません。小説好きには何の苦労もないことですが、読書は生来の才能に大きく依存します。能動的に文章を読み進めながら、受動的に内容を解釈せねばならず、しかもそれが楽しみや喜びにつながるとなると、けっして多数派にはなりえません。読者の知性が高ければ、文章の意味を理解する幅は広がるでしょうが、物語に没入できる度合いとは無関係です。小説を読むことを楽しく感じる才能の持ち主は、極めて限定的です。文芸より映像メディアのほうが人気とされるのは、ビジネスの規模ではなく、対象者数の絶対的な差によるものです。

 ですから万人のためとはならないところが映像メディアと異なるのですが、小説読みの資質がある人たちには、とても深い没入感をもって読んでいただけます。

 動画配信では五百円で、ほんの半年前に劇場にかかっていた映画を観られます。本物と見紛うグラフィックに彩られたゲームにも、数千円で没頭できます。

 しかしそんな時代でも、活字しか載っていない本を買う人々がいる、この事実は重要です。文芸という物語の表現手段は、他にどんな娯楽があろうと、一定のニーズは必ずあるのです。多様化した時代において、そういう読者の求めに応じるのが現代小説です。

ーー「小説家になろう」の部では、人々に愛される物語を作るための具体的な「想造」のメソッドを惜しげもなく披露しています。松岡さんがこのメソッドで書き上げた作品の中で、特に稼ぐことができたものはどれでしょうか。また、一作で正味どれくらいの金額が稼げるものでしょうか。

松岡圭祐氏のデビュー作にしてミリオンセラーとなった『催眠』(角川文庫)

松岡:実際には小説の書き方には様々な方法があり、作品ごとに発想の仕方を変えていかないと、思考が毎回同じ道筋をたどってしまい、どれも同じような内容になってしまう恐れがあります。ですから創作は試行錯誤の繰り返しですが、この本で紹介している「想造」は『催眠』『千里眼』『万能鑑定士Qの事件簿』『ミッキーマウスの憂鬱』『探偵の探偵』『高校事変』で用いており、どれもベストセラーになりました。最も初心者に優しく、かつ効果的なやり方だと考えています。

 小説が小説となるのは本のページ上ではなく、読者の脳内です。だから何も書かず、著者の脳内で空想できる範囲で物語を構築し、最初から最後まで作り上げることは、結果として読者にも思い浮かべやすい内容になります。人の脳内で連想しうる物語だからこそ、読者の脳でも容易に想像されうるのです。メモや原稿の蓄積により物語を作り上げていくと、活字を通じ読者の脳内にイメージさせるにしては、情報過多に陥りやすいのです。

 感情がそのまま物語に同調しやすいのも「想造」のよい点です。頭の中で想像する人物は、行動に情動が伴いますから、生き生きとした物語が作りだせます。

 かつて「白昼夢にふけることは、現実逃避でしかないため、人の成長に繋がらない」と決めつける声がありました。しかしこれは現代人ならよく知る通り、まったく間違っています。脳内ロールプレイングは、無意識の漠然とした欲求を、意識しうる現実的な希望へと浮上させ、自己実現にも大きく寄与します。理想的な物語の空想は、心が自発的に求めるものなのです。ですから作家にとっても連想しやすいですし、脳内だからこそ物語も自然に構築されていきます。小説を通じ、読者の脳に物語が浮かんだ時、感動を呼ぶのは、著者の脳内で生を得た人物たちの物語だからです。よって「想造」による物語づくりは効果的です。

 一作でどれぐらい稼げるかは、七百万円から二億円まで大きく幅があります。どれぐらい売れればどれぐらいの収入になるかは、2つ前の質問に答えた通りです。

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